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先日お出しした羊天眼の「不動眼」はアッと言う間に完売になり感謝でいっぱいです。ありがとうございます。
注文を受けて発送のご連絡をした日に「あんじゅさん・・・・会社の人魔が辞表を出しました」と、不動眼が届いてもいない内に報告を頂き目が点になるほど驚きました。
今羊天眼の丸珠が手に入りますのでご連絡下さい。

昨日・・・途轍もなく憤りを感じるニュースが目に入りました。
今年6月に起きた高速道路での事故です。
追い越し車線に停車していた車にトラックが衝突してご夫婦が死亡、娘さんお二人が怪我と言う悲惨な事故でした。この事故の原因。
パーキングの出口付近に停まっていた車をご主人が注意した・・ただこれだけの事が発端となり惨事が起きました。
注意された事を根に持った男は、家族が乗っている車を高速道路上で煽り、また前に回ってブレーキを掛けるなどして進路を妨害し、事もあろうに追い越し車線で家族の車を停車させ、男と連れの女が下車してきて、更にご主人の胸ぐら等を掴んで「高速道路に叩き出してやろうか?」と脅迫しました。そんなところに後ろから来たトラックが家族の車に衝突。ご夫婦は死亡、娘さん達は怪我を負いました。
事情聴取では男は自分が高速道路で家族の車に煽られた・・等と言い訳をしていましたが、ドライブレコーダー等から上記の真相が明らかになり、男は昨日逮捕されたのです。
犯人は九州の25歳の男。逮捕がテレビで大々的に報道され男の情けない顔が明らかになりました。
主人は「こういう人間に免許を持たせたらあかんな。高速道路は時速100キロの鉄の塊が何個も飛んでくるところ。まして追い越し車線に停まらせる・・・・殺人行為。もう豚箱から二度と出てきたらあかん。どうやったらこんな狂暴になれるんかな?」
どうやったら狂暴になるのか?それは先日お話しした11項目です。
彼の家庭環境が彼に「不安と怯え」を与えやがて深い劣等感を潜在意識に埋め込まれた結果が「狂暴化攻撃的」となって現れたのです。
「不安と怯え」の中で育ち、潜在意識に劣等感を深く埋め込まれた子は大きくなると2通りの人格に分かれます。
1、「攻撃的人格」
2、「被害的人格」
1、は攻撃的ですがそれは必ず自分より弱そうな相手に向けられます。上記の事件も優し気なご主人と奥さん、小さな女の子二人が乗っていたから男はあの行動に出たのです。もしも・・・・プロレスラーが4人乗っていたら、背中に龍や虎の入れ墨が入っている人が4人乗っていたら・・・どうでしょう?絶対胸ぐらなど掴めないのです。会社にもいませんか?部下には偉そうにふんぞり返って命令ばかりするわ、理不尽な仕事を押し付けるわ、自分が正しい、自分、自分のオンパレードで自分の能書きに酔いしれているような輩が。でも上司には米つきバッタのようにぺこぺこしてハエのように手を揉み揉みして胡麻ばかり擦って自分の意見が全くない人。このような人は自分を一生懸命強そうに、偉そうに魅せなければならない程、潜在意識の中に劣等感がひしめき合っているのです。恐らく家では小さくなって奥さんに足で蹴られていますよ。だからその劣等感が「他人を攻撃する」と言う形でところ構わず出てしまうのです。
2、は人が良さそうですが他人から「同情と言うパワー」を平気で泥棒する人です。自分がどれだけ哀れで可哀そうかを懸命にアピールします。
「親が・・・・虐待したので、私は子供に虐待してしまうんです。それは親が悪いんです・・・・虐待の連鎖で・・・・幼少期の不幸が原因で仕方ないです。どうせ私は親のせいで~~」「失恋して男性を信じられないんです。なかなか立ち直れないんです」と10年くらい平気で言う人。「辛かったね・・・酷い親だね~~酷い男だね~~可哀そうに・・」と他人の「情」をただで盗んでいつまでもそこから抜け出そうとせず変われない人。でもそんな人は就職すれば「会社でいじめられて~~~」どこかに行けば「なんか冷たくする人がいて~~」とどこに行っても必ず自分を「被害者」にして周りの人から「情」を盗むの。ブログ等で見かけます。同情を買う為に不幸をひけらかし同情を煽る人。そしてそれに懸命に「同情メール」を送る人。でもみんなが幾ら応援メッセージを送ってもまた暫くしたら・・・・被害者投稿が書かれています。こんな人は周りの人を陰にしたり、他人の幸せを妬んで不幸に陥れようとするのです。
そうやって他人から「パワー」を盗んでは、満足していつまでも変われない人。
私はこの二者を「人魔」と言うのだと思っています。
「不安と怯え」の劣等感の心の隙間に「魔」が刺す。その魔は「攻撃的人格」なら上記のような事件を起こし「被害者的人格」なら逆恨み殺人やストーカーやいじめをするのです。

人魔はどこにでもいます。
本当に強い人は優しいです。弱い物を攻撃したりしない。
そして許せる大らかな心を持っています。
本当に優しい人は明るいです。同情を求めて他人から「情」を盗んだりしない。

先日書き忘れたのですが・・・子供に「先生に怒られる事をしてはいけないよ」とか「他人に怒られる事をしてはいけないよ」と注意をする親御さんがいますが、私はあまり賛成できません。なぜかと言うとこの言霊をずっと聞かされると「怒られる」または「叱られる」=「恥」「悪」「悔しい」「隠す」等負として捉え、攻撃されたと理解してしまうのです。ですから1や2の人はそれに対して敏感に反応して悲劇が起きてしまいます。

本来叱られる・怒られるは気づきの大きなチャンスです。
私の母も「先生に叱られるような事をして親に恥をかかせたらあかん」といつも学校に行く前に言いました。でもそれは子供の為ではなく、自分が恥をかきたくないからですね。でもこれでは子供は隠れて悪い事をするし、先生が叱ると狂暴化して仕返しをするのです。または先生にいじめを受けたと登校拒否になったりします。
叱られる・注意されるは人生の・・・・
ビッグチャンス~~~
と教えて下さい。次男はよく「学校の先生に叱られた」と言って帰って来ます。私がなんで叱られた?と聞くと次男が説明をするのですが、いつも先生が正しいと思いますので「たっちゃんは先生に好かれてるんやね。そんな事大人になったら他人は教えてくれない・・・叱られる内が花や」
次男はきっと次は気を付けると思います。
あんじゅさん・・・ではどうやって子供に言い聞かせるのですか?と疑問に思うかも知れませんが・・・もし毎朝声を掛けるなら
「学校で叱られないようにしなさい」では無く、
「なんで叱られたか考えなさい」に少し言葉を変えてみて下さい。
私は子供達にいつもそうやって声を掛けて来ました。
ですので子供達は叱られた事に重きを置かず「その内容」を考えるようになりましたので注意をして下さった方に狂暴になって暴力を振るったり、また意固地になって悩む事もありません。ケロっとしています。
そして子供の感情に親が一緒になって翻弄されない事が大切です。

先生も誤まるので内容をよく聞き、体罰などを受けた場合は黙っていてはいけない事もあります。

本当に強い人間は「謙虚であり・・・そして気迫があるのです」

不動眼・・・入荷しました爆  笑