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私のように綺麗です^^ニヤリ眺めるだけで心の芯から癒されますね^^植物は凄いパワーがあると私は思います。
昨日・・懐かしいご依頼主様がお見えになりました。
よっちゃん・・・よっちゃんのご相談のお話しはまた後日にしまして、
引っ越し祝いにと頂いたお花です。ありがとございましたガーベラ
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さて・・・やっと「終活と来活」のお話しが出来ます。先週から立て続けに、
10人以上のご相談と念珠のご依頼を承っていましたのでなかなかブログが更新できなくて申し訳ありませんでした。アセアセ
でも・・・嬉しいです。私のブログの更新が無いと「あんじゅさん・・・お体は大丈夫ですか?」「なにかありましたか?」とご心配のメールを下さる方がおられ・・・私はきっと独りで死んでも、ブログを更新しなければ誰かが見つけて下さるな^^と安心しています(笑)
終活・・・最近この呼び方が流通してどなたも大体の意味が解るかと思います。ちまたでは「~終い」「断捨離」が行われ始めました。

終活について・・
私は「終活」と言う言葉が出始めるうんと前から「終活」「断捨離」をしています。それは母の人生を見つめて思った事があったからです。

母が亡くなる前の約10年間
1、心境面では・・自分の過去の愚痴、自分に関わった他人への不平不満と恨み言。そして「独りで死ぬのは嫌や~~。死んだら終わりや~~」と死への恐怖を語る事しかできませんでした。

2、環境面では足の踏み場もないガラクタの山また山。人への執着もさることながら物への執着は更に激しく、その執着を払う事ができず、母はゴミ溜めに暮らしいていました。
精神面も環境面も汚れてしまっていた母は、晩年「お母ちゃんの人生は幸せが一つも無かった」と言ったんです。
そんな事はあり得ませんが・・・それほど心境も環境も病んでいて、目の前の幸せに気づけなかったんだと思います。なぜ病んだのか?それは心境と環境の終活をしなかったからです。
私はそんな母の晩年を見つめて・・・当時は「終活」と言う言葉はありませんでしたが、人はより早い内から、心境と環境の終活を絶対的にしなければ人生が台無しになると痛感しました。

私が「終活をして下さい・・・」と年配の方に申し上げると、目くじら立てて「私はまだ死にませんよ。縁起でもない」と激高されるのですが、本来終活と言うのは「死支度」「死ぬ為のもの」ではありません。年齢が晩年に差し掛かり更に良き余生を送る為に「絶対的にやらなければならない事」なんです。
永い間に心境にこびりついた「心垢」と環境にこびりついた「物垢」を浄化し、断捨離して残りの定命を最高に素晴らしい人生にするのが本来の「終活」なんです。間もなく死ぬからする「死に支度」「死ぬ為のもの」と思うのは間違いで「余生を幸せに生き抜く段取り」と考えて今日は、私のお話しを聞いて下さい。
「心垢」と「物垢」を浄化・断捨離して「終活」に導く方法
1、心垢・・・
①恨み・辛み・妬み・依存・嫉み・愚痴・不安(全ての陰の執着)
②死への異常な恐怖心
これらが心の垢です。この垢が心に分厚く付着すると、人生は孤独で、不安で恐怖で充満してしまいます。
2、物垢・・・
①不要なものを捨てられない
②買い物依存(不必要な物を買う・または貰う)
③物に幸せだった時の思い出を投影してしまう
家は収納場所が無くなり物が溢れ出します。物には邪気が憑りつきますので運が下がり始めます。特に別れた相手にプレゼントされた物等は、過去の良かった時の出来事が思い出されて、それに比べて今の自分は・・といつまでも前向きになれない。これが物垢です。
そしてその物への執着で家内の気がよどみ、日々の出来事に災いをもたらしてしまう。
この二つを終活しないで引きずると・・・いわゆる「不幸な自分」となるのです。

心垢①・・陰の執着を無くすには・・・簡単です。執着しない事ですね(笑)
「あんじゅさん・・・当たり前やんか」と言われそうなんですが、その当たり前が出来ない方が非常に多いですね。執着しないと言う事は過去に流すと言う事です。
私は「自分の人生の過去の出来事に執着する事は隣のおっさんのパンツの色を24時間考え続けているに等しいほどくだらない」と思っていますので過去の出来事への執着はほぼありません。もう・・既に終わってしまった事に対して無意味にイライラとしたり、同じ文句を言い続けたり、それに関わった人を恨んだり、妬んだり、またはあの時は良かったと今を否定するのは、隣のおっさんのパンツの色は何色なのか?と24時間以上考え続けるくらい無意味で、無駄でくだらないと言う事です。
くだらないでしょう?考えて下さい。隣のおっさんのパンツの色を24時間考えている自分・・・・笑えるでしょう?でも・・・心に垢が付きだすと、更に
皆さん・・隣のおっさんのパンツの色をずっと考えてしまうんです(笑)

心垢②・・必要以上に死に対する不安を持つ事も心垢が付着します。
私の母もそうでしたが、相談者の中には特に男性が多いですが「孤独死はしたくない」「孤独死だけは駄目だからあんじゅさん・・孤独死しないようにするにはどうすれば良いですか?」とおっしゃいます。
でも・・・私は思っていますが「死」は本来孤独です。言うなれば全ての人間が孤独死をします。誰も連れて行けないでしょう?だから全ての人間が「孤独死」なんです。よく独身の一人暮らしの方が急死をした時にテレビで「孤独の闇・・・寂しい孤独死」と書かれる事が多いですが、
きっかけとして「急な心臓発作」が死に繋がった事と、寂しい孤独死とは全く違います。死ぬ一秒前まで「独り暮らしの幸せを満喫していた方」は自分が不幸な人生だったとは決して思っていません。なぜ・・・死んだの?と自分の死に驚いている方はおられますが不幸であったと思っている方は居ないに等しいです。
それなのに「寂しい孤独死」と決めつけるのはおかしいのです。
「死」は元々孤独ですから・・・独身の一人暮らしの方が急死した時は、
たった独りでおられる事は当たり前なんです。では何がいけないのか?
それは「死後放置」される事です。ご遺体がそのお部屋で腐敗しているにも関わらず誰にも気づかれないで数か月が経ってしまう・・・。
誰かに看取られないで死にゆく事は孤独ではありません。
その後「放置」されるのが本当の孤独なんです。死後、誰にも気づかれないような人間関係しかしてこなかった方は必要以上に「死」が恐怖なんだと思います。
そうならない為に終活をしなければなりません。

心垢は過去に執着する・死を必要以上に恐れると付きだすのです。
母はいつも「あいつは嫌いや・・・こいつは嫌いや」と10年以上も前の事を根に持って、つい昨日起きた出来事のように恨みつらみを私に話しましたが、15年も前のこと・・・・なんで過去に流せないのだろう?と私は不思議でした。当の相手はそんな事既に忘れ去り幸せに暮らしてるのに・・・過去の出来事に執着して流せない母だけが未だ、心に憎しみが充満してしかめっ面で不幸なんです。そんな事はさっさと過去に流し、今日を感謝でいっぱいにしたら・・・幸せなんて降るように訪れたのにと私はおもいます。
2、物垢①②③・・・母の死後・・母が住んでいた住居をお返ししなければいけませんので私は慌てて片付けをしました。押し入れからは母が捨てられなかった物が溢れるように出て来ましたが、一番驚いたのは兄のランドセルが出て来た事です。母は兄を溺愛しました。それは自分が老後看てもらわなければいけないからです。私はよそに嫁ぐ子なので、兄と私の価値が母の中では雲泥の差だったのだと思います。自分を絶対的に孤独にしないのは息子と決めつけていた。ところが兄は父の死後の母の所業を絶対に許せなかったのでしょう・・・結婚後、母が一人では絶対に来ることができない場所に家を建てました。
母は兄が結婚したあかつきには兄夫婦と同居できると思っていたのですが、その夢は叶う事はありませんでした。重度の障害を抱えてから私たち夫婦との同居が始まったのですが、私と喧嘩する度に「お兄ちゃんはもっと優しくしてくれる。お前なんかとは出来が違う」「お兄ちゃんと一緒に暮らす」と言いますが、兄が首を縦に振った事は一度もありませんでした。私は押し入れの天袋から出て来たボロボロの兄のランドセルを見て「母はこのランドセルを折に触れ眺め、兄が小さい時は良かった・・・」と物に自分の過去の幸せを投影していたのか?と哀れに思いました。ランドセル=兄だったんだと思います。

ではどうすれば・・心垢と物垢を取り去り終活が出来るのでしょうか?
話が長くなりますので・・「終活と来活」は3話に分けてお話しをします
次回2話をお楽しみに^^