
清らかで可愛いステラです。このステラの持ち主は「さくらちゃん」仮名
ベビーちゃんです。
さくらちゃんは「18トリソミー」と言う重度の障害を持って生まれた来ました。
さくらちゃんのママ〈洋子さん・仮名〉は、東京にお住まいで独身の時から、旦那様との出会い、結婚、不妊治療、妊娠、出産まで、いつも私にご報告を下さいました。もう長いお付き合いです。
洋子さんは「白雪姫」と思うくらい美しく、また優しい女性です。
彼女が不妊治療を乗り越え妊娠したとの連絡を頂いた時はとても嬉しく思いました。
出産後彼女から連絡がありました。
「あんじゅさん・・・こんにちは。無事出産を終えました。娘はさくらと名付けました。実は娘は18トリソミーと言う重度の障害を持って生まれて来ました。染色体異常との事です。ダウン症と言うとお解りになると思いますがダウン症が21トリソミーです。18トリソミーはそれ以上に障害が重度で、成長が極めて遅く、生まれて間もなく、または3年以内に死亡する確率が高いです。18トリソミーの特徴として心臓に重度の疾患を抱えている事が多く、さくらもまた心臓に疾患を抱えています。お腹の中で18トリソミーで有る事が解りました。死産を覚悟していましたがさくらは頑張って生まれて来てくれて私たちに可愛い姿を見せてくれます。一日でも長く、家族で幸せに・・・さくらが幸せに・・・一日でも長く見守りたいと思っています。あんじゅさん・・・さくらの為にステラを結んで頂けないでしょうか?」
私は「洋子ちゃん・・・・親は子供の生命を見守る中で・・・・これでもかと言う程涙が流れます。溢れる涙を止める事ができない事があります。
でも・・・・母はそこはかとなく強いです」と申し上げたと記憶しています。
さくらちゃんのステラを私は結びました。
月の光・・・と言いますが、月は自ら光を放っていません。月の光は太陽の光の反射です。太陽の光を柔らかく、優しくした、でも生命力に溢れ、力強いのが月の光。
さくらちゃんが一日でも長く、パパとママの傍でお幸せである事を祈りながらロイヤルブリームーンストーンと天然琥珀でステラを結びました。
洋子さんからさくらちゃんの写メと共にメールが送られて来ます。
お宮参り・・・初節句・・・記念写真の日。先日はパパに抱っこされて微笑む可愛いさくらちゃんの画像を頂きました。
「あんじゅさん・・・奇跡的にさくらは生命を維持して私たちに癒しと幸せをいっぱい運んでくれています。一日も長く・・・一緒に暮らしたい。さくらに兄弟姉妹を見せてあげたい・・・・主人とそんな話をします。
先日、病院で看護師さんが「さくらちゃんは本当に幸せ・・・きっとあなた方を親と選んで生まれて来た。その選択に間違いはなかったね」とおっしゃって下さいました。さくらに選ばれた親としてこの子の幸せを見つめていきたいと思います。トリソミーの子を持つ親御さん達とも交流も出来ました。みんな頑張っています。その中でも7歳を迎える子もいるそうです。さくらも安穏で幸せで生き抜いて欲しいです」
『パパと・・ママを赤ちゃんの国で見つけました。
この人たちの娘として・・生まれたい。パパとママの傍で、この命を精一杯生きたい・・・
だからパパとママを選んで生まれて来ました』
さくら
洋子さん・・・一日も永くさくらちゃんとのお幸せな日々を送って下さい。
家族のお幸せを心から祈っています。
障害を持って生まれて来た子も、またそうでない子も私は「親を選んで生まれて来る」と思っています。
親は・・・最初から親ではありません。初めて子が生まれた時は、ただその子の父・母です。子育てに奮闘して、深い愛情が芽生え、この尊い一つの命に深く関わる事でやがて「父親」「母親」になります。
我が子に「障害を抱えて生まれて欲しい」と願う親は居ません。でも
障害を持って生まれても、そうでなくても親はその子に選ばれ・・深い「縁」で自分の子として誕生しました。
人間の明日の命はどのように生まれようとも「解らないもの」なんです。
自分より永く幸せで生きて欲しい・・・これが全ての親の願いと思いますが、そうでない時もあります。だから・・・・今日、この一日を深い愛情で子に関わる事が私は大切と思っています。
私の長男も学力障害がある事が小学校5年の時に解りました。
私は「私がなにかいけなかったのか?私のせいで・・この子は障害を持って生まれたのか?」と思った一瞬がありましたが、自分のせいでこの子が生まれたのでは無く、この子が自分を「この人の元へ行きたい」と選んで生まれてくれたのです。
何千人に一人と言われる障害を持って生まれて来る子の親は、
「自分を慈しみ、愛し・・・その命を最後まで見届けてくれる事を信じて」
照準を合わせて、親を選んで生まれて来るのです。
言わば・・・白羽の矢が立った。
子に障害がある事は、もしかすると・・・・心無い差別を受けるかも知れません。陰でいろいろ言う人が居るかも知れません。
私も長男の事では心無い差別なんて当たり前、陰で散々言われ、教師にも邪魔にされましたが・・・いつも思っていました「あなた方も我が子が可愛いのでしょう?私もどのように生まれようとも自分の子が一番なんです。かけがえない・・愛しさは、障害の有無は関係ないのです。この子が私を選び、生まれてくれたから、私はその子を慈しむを言う「深い愛情」に気づかされました」と。
子がどう生まれようとも・・・自分にとって私を選んで生まれて来た我が子が一番可愛いのです。
私は長男の寝顔を見ていつも思いました「雅弥はお母さんを選んでくれたんやね。お母さんを選んで大正解。お母さんはお前のその期待に大いに応えて、お前の人生を見つめて行こうと思うよ」と。
健常者であれ、障害者であれ、子供の定命は残念ながら親が決める事ができません。でも・・だからこそ、深い愛情を注ぎ、慈しみ、「今日」と言う一日を大切に関わる事が親のお役目と私は思っています。
子の人生を見つめ続ける中で・・・母は幾度となく涙を零します。
拭っても・・拭っても・・・溢れる涙を止める事ができない時があります。
でも・・・・・・
母は・・・・そこはかと無く強いのです。
なにが起きようとも・・・
そこはかとなく・・・・そこはかとなく
母は・・・・強く優しいのです。