
このお念珠は17歳の少女のお念珠です。今日のお話しの内容と年齢を考慮して画像処理をして色を変えています。
彼女の名前は美智子ちゃん(仮名)遠いところからお母様がいらっしゃいました。美智子ちゃんは中学校の頃から優秀でクラブ活動ではインターハイに出場して好成績を収めるような女の子です。二年前、特待生で今の高校に入学しました。
ところが二年になった時の担任の先生に問題があり不登校になりがちでした。ある日、美智子ちゃんが「お母さん、もう先生の下では学べない。でも学校に行って勉強がしたい。他の学校に編入させて欲しい」とおっしゃたのです。二年も通った学校を編入・・・よっぽどの思いが有ったかと心が痛みます。
親御さんは驚いて学校に何度も足を運び話し合いを持ったのですが、
担任の先生は他校でも多々問題を起こしていて、なんら話になりませんでした。話し合いの翌日の事です。美智子ちゃんが登校して机の前に座っていると担任の先生が「わっ!美智子ちゃ~~。元気~~」と後ろから背中を押して脅かして来たそうです。美智子ちゃんは更に学校に行けなくなりました。美智子ちゃん自身にお話を伺った訳ではありませんからその担任の先生の詳しい事は私は解りませんが、先生は事の重大さにお気づきになっていないのでは?と思いました。
美智子ちゃんが大好きだったクラブ活動も蹴って他校に編入を求める程のショックな事が二年になってから多く有ったかと思われます。お母さんも「あれだけお願いしているにも関わらず、体に触れてくるような事をすれば・・・余計に拒否反応を起こしてしまいました」とおっしゃっていました。
お母さんのご相談は、後一年無理やりでも今の学校にやらせるか、
思い切って編入をさせるか?との内容でした。
私の考えとしては、人間の人生は「どの、何と言う学校に入学して卒業したか?が重要では無くて、そこで何を学び、身に着けた物を社会に出た時に如何に役立てるか?」が一番大切だと考えています。ですから子供さんが「編入」を強く求めるなら、残り一年を無気力で過ごすよりも「変化」にチャレンジしても全く問題は無いと思っています。とお答えしました。
中学生から高校生の6年余りは子供から大人に変わって行く途中で、心身共に不安定になりがちです。反抗期や鬱症状が出たり、話をしなくなったり、女の子は生理が始まりホルモンの状態や肉体的にも大きく変化します。また精神も大人になりつつ有るので、今までとは違う異性の愛し方になったり、初めて恋愛にも目覚め、子供の部分と大人の部分が交差する多感な時期ですので、親の思想、この時期に出会う教師も含めての人々の言動・行動に大きく影響を受けると言っても過言ではありません。
ですから「中学」「高校」の先生方は人間力のプロフェッショナルでなければいけません。「指導内容」に引き出しをたくさんお持ちで、経験豊かな「人間力」の有る方が望ましいです。教師はいわゆる「聖職」なんですが今は「株式会社教師」が多くなりました。
私は今の日本の教育状況にとても不安を覚えている中の一人です。
彼女のお念珠にはこの出来事に屈する事無く、夢を叶えて行って欲しい。お辛いけれど今の出来事は人生の一つの出来事として流せば、必ず未来に輝くようなお幸せを手にすることができる・・と念願しました。
彼女にお念珠が届くとお母さんから「学校に行けないまま試験の日を迎えたのですが、学校側の配慮により保健室で試験を受けさせてもらえました。お念珠をとても喜んでしっかり付けています。」とメールがありました。美智子ちゃんのお写真を拝見しますと可憐で希望に満ちた笑顔が溢れていました。その美しい笑顔を壊す事無く、これからの素晴らしい未来がある娘さんが強く守られる事を心から祈っています。
今回「教師について」のご相談を頂戴いたしましたので今までお話したかった事を今日お話しさせて頂こうと思います。私の所には多くの美智子ちゃんのような子供さんの相談があります。少し前、テレビで問題になった教師が体罰事件を起こした学校の生徒さんの相談内容は悲惨なものでした。彼は結局高2の夏休みに高校を辞めました。その後、その教師の虐待画像が父兄により明らかにされ、事件として報道されました。その教師はその後どうなったかの報道はありませんが、子供さんは教師の体罰により長く立ち直る事が難しかったのですが最近、やっと遠くに引っ越しをして新たに出直しているとの報告がありました。
このように立ち直っていければ良いですが死を選んでしまったりする子も、今の時代は多くいます。子供が死んでしまっては、どれだけお偉い教師であれ命の弁償は出来ないのです。
上記で述べたように教師は「聖職」であらねばなりません。
ところが今は「教師」=「偉い人」との大きな勘違いをなさっている先生が増え、生徒に暴言や暴力を加えても良いと考えたり、出来の悪い子、自分が嫌いな子を排除したり、性の対象に見たり・・・・平気で差別をしたりします。全ての教師がそうではありませんが・・・とても人間力の乏しい教師が年齢に問わず多くなられたと残念に思っています。
このように述べると私は教師批判の親・・のように見えますがそうではありません。それどころかいつも先生方には有難いと思っています。なぜなら・・私の所には懸命に子供を思い悩む教師の方々からの相談もたくさんあるからです。私はその先生方にいつも言うのです「生徒から信頼され尊敬される先生とは必ずしも絶対に失敗しない、完璧な立派な先生ではありませんよ。生徒が一番に信頼を置くのは、人間らしい先生なんですよ?」と。すると「人間らしい先生とは?」とお尋ねになります。
それはね・・・・先生も人間ですからね。失敗や過ちを犯す事があります。
でもその後の態度を子供達は良く見ていると言う事です。
これは親も言える事ですが自分の失敗や過ちを「謝罪」できる大人を子供は尊敬して信頼します。いつも正しい事を言っているけど言っている事とやっている事が真反対だと子供は軽蔑し馬鹿にします。また親が居る時に態度を変える先生は違和感が大きいです。そしてそんな先生の言う事など生徒は聞かなくなし軽蔑し始めます。
子供が教師に求めている事・・・それは
「教師」=「聖職」=「人間力」なんです。
私が考える「学校の役目」とは・・・もちろん学力もそうですし、厳しい社会を生き抜ける「生きる力」を身に着ける訓練の場所であらねばなりません。それなのに今の学校はどうでしょうか?
1、いじめを平気で行う教師。先日のニュースでも福島から避難して来た生徒を心無い言葉で侮辱したり、またいじめを行う生徒と一緒になっていじめを行っていたり・・・・。私は報道を見ると吐き気がします。
子供はまだ未熟で誤るかも知れません。でもその時に師が更に誤った考えを行動に出していては何のために学び舎に通わせているか解らないのです。「いじめは人殺しに匹敵する」事を徹底的に諭せる教師でないと駄目だと私は思います。
2、暴言・暴力を振るう教師。学校は子供が社会に出た時に困らない、また生き抜く力を身に着ける予行練習の場だとしたら、いつ如何なる時にでも「敬語」「丁寧語」がさっと口から出なければなりません。師が汚らしい暴言を吐いていてはどうでしょうか?また躾の名目で暴力・体罰を加えてはどうでしょうか?それを正しいと思ったまま大人になった子は、すぐ暴力を振るい、他人を平気で罵る。そしてそれを正当化するのです。先生が平気で暴言・暴力を行う教育現場ではやがて日本は修羅の群れに成り下がるのです。
3、差別をする教師。自分のクラスには出来の良い子と自分が気に入った子だけに居て欲しいと言う大人げない差別を平気でする教師は既に教育者として適正でないので別の職業を選ぶべきです。
長男が小学校の時の先生も「クラスに出来の悪い子がいると、クラスの評価が下がり、他の子供達に迷惑をかけるから養護教室に行って下さい」とおっしゃいました。私は長男の事を一番に考え養護教室への変更をしましたがその教師の言葉が片腹の痛いほど笑えました。
子供達が迷惑をするのではなくて・・・あんたが迷惑なんだろうと思えたからです。その教師は長男が養護教室に移るまでの間、長男をいじめ抜きました。持ち物を「汚い」とか「みんなに迷惑がかかるから喋らない」と言われたようです。中学校に入るとき長男が私に言いました。「お母さん・・僕は養護学校に行くよ」「なんで?それでいいの?」「僕が居るとね・・・みんなが迷惑するんだって・・・」「それ誰が言ったの?」
「〇〇〇子先生がいつも言ってたよ。お前はなんの役にも立たないって。居たらみんなの迷惑になるって」
「そうか~~~(笑)それは間違いやな。雅弥はお母さんをたくさん助けてくれた。たつやの面倒もいっぱいみてくれた。お母さんはとてもありがたいと思ってるよ」「お母さん、僕を産んで幸せ?」「お母さんは雅弥が生まれて来てくれたからたくさんの幸せを貰ったよ。雅弥・・・先生もな人間やから間違うしな。先生の言ったことは何も気にしなくて良いよ。ただ・・・その先生の言葉通りの人間には成り下がるな。未来必ず働く人になりなさい。その時に初めて先生が間違っていた事を証明できるよ。大丈夫・・・お母さんがいつも付いてるから」そんな話を11年前にした事を思い出します。11年後の今・・・先生の差別は大きなお間違いである事を長男が私に証明してくれました。
4、生徒を性の対象とみる教師。これは問題外です。最低。ところが昨今はとても多くなりました。この現状をどう回避して子供を守るか?
私は適正検査や定期的な教師の情緒や思想の検査が必要な世の中になったと思っています。
先日の事です。今私は終活をしていますので、写真の整理をしていました。すると次男が「これ誰?汚いオーラが出てる」と言うのです。
私が見るとなんと母でした(笑)長男は母を覚えていますが、次男は母の死後生まれていますから知りませんし姿を見た事がありませんので写真の人物が自分の祖母であることも解らずオーラが汚いと言ったのでびっくりしました。すると続けて「このオーラ。小学校の時の〇〇〇子先生のオーラと同じ。意地悪で汚い」と言ったので更に驚きました。
その〇〇〇子先生は長男をクラスから追い出した先生でした。次男も偶然その先生に受け持ってもらった事が有ったのです。
私は次男に尋ねました。「この先生・・・そんなに根性が悪かったの?」
「そうだよ。自分が嫌いな子や、成績の悪い子を露骨にいじめるし、親が居ない時に腹が立つ生徒をお前呼ばわりするし、プライドだけが高くて常に他のクラスと比べて自分が勝ちたい。新任の先生をいじめていたよ。汚いオーラを噴出していた。あの人はね・・お母さん。先生で有る前に人間として失格だよ」
「どうしてお母さんに言わなかったの?」
「ああ言う人間はね、もう変わらない。一年我慢すればもう会わないと思っていたから」と言ったので目が点になりました。
「教師」=「聖職」=知徳に優れ、尊敬される人が就く職業。
知恵と徳に優れる。これが教師なんです。子供を立派に社会に出すと言う事に誇りを持てる人。
医師は人の命を預かっています。教師は子供の未来を預かっています。
医師がメス裁きを誤れば患者は死にますね。
教師が言動・行動を誤れば・・・・生徒は未来を踏み誤るのです。
自分の教え子が大人になった時・・・あの先生は人間として失格だったと言われるような腐った教育を押し付けるべきではありませんし、情けない事と思います。
「教師」は一年受け持って終わりではありません。自分が教えた事を子供が幾つになっても折に触れ思い出すような「恩師」にならなければならないのです。・・・あの先生の一言に救われた。あの先生の優しさが・・・潔さが・・・心に残った。教師は教師で有る前に、生徒から未来そう言われるような「人間力の輝く人」であらねばならないと私は強く思います。
教師は一生徒を忘れても・・・・生徒はあなたの所業を決して忘れないのだから。