『明日の詩』  詞 いではく     曲 遠藤実   詩 杉良太郎
たとえひと時の 安らぎでも 
あれば明日から 生きてゆける つぶやいた
横顔になにを 答えればいいんだろ
木枯らしの吹く朝が 寂しかったら
俺の背中 みつめながら ついて来い
泣いて昨日を ふり返るより
明日の詩を 唄おう
 
いつも人並みに暮らすことが 
ほんのささやかな 望みですよと さみしそな
ほほえみにどんな なぐさめがあるんだろ
ため息を消すように 雨が降るなら
俺の胸で おもいきり 泣くがいい
泣いて昨日を ふり返るより
明日の詩を 唄おう
 
人生がくり返す事は無いけど
やり直しは いつだってできるだろう
泣いて昨日を ふり返るより
明日の詩を 唄おう
 
私は「杉良太郎」さんの大ファンですラブラブ!ラブラブ!それも小学校の時から
なかでもこの「明日の詩」を、苦しい時、悲しい時、独り泣きながら熱唱しました。
歴史に残る・・素敵な詩だと思います。今も息子達が何かに悩んだりしている様子を見ると・・・
明日の詩を~~~うぅぅぅ~たうぉぅぉ~~カラオケカラオケと唄うのですが「お母さん僕悩んでるんだから、静かにして・・」
と叱られますあせるあせるあせる「だって・・・・励まそうと思って・・・あせる
そんな親子の会話があります
 
昨日、次男の小学校で「親も子も輝く魔法の言葉」と言うお題で、心理カウンセラーの先生を招待した講演会がありました。
私は先生のお話を伺い、びっくりしました。
先生の経験に基づき、お話が始まった・・・。
娘さんが突然拒食症を発症され、激やせをなさいました。骨と皮になっているのに娘さんは「太っている・・・私はだめだ・・・私はだめだ・・」と言い続けるそうです。先生は娘さんをいろんな病院に連れて行きましたが
「拒食症は治ってもまたすぐ発症して、二度と治らない」とドクターに言われたそうです。先生は娘さんの病気を通し、母親である自分がどうすれば良いかを
知り・・・娘さんはその後立ち直って行かれた・・・と言うお話だったんです。
私が驚いた・・・と言うのは「どこの病院も拒食症は治らない病気と言われる」と言う言葉を聴いた時です。
「えっニコニコニコニコそうなの?」と思いました。そしてまだまだ拒食症に苦しむ子供達が多い事にも驚きました。
ただ・・・私が言える事は・・・経験上「拒食症は治ります」
こんな事を書くと・・・「解りもしない素人に何が解る・・・子供が拒食症で苦しんでいる親の立場になれ」とお叱りを頂きそうですが・・・実を言うと
私自身が小学校6年生の夏休みから・・酷い拒食症になったんです。その後、どんどん症状が進み対人恐怖症もっと、もっと進み・・・リストカットをするようになりました。
別に自慢するお話では無いので・・・わざわざはお話ししませんが・・・まれにお話しすると必ず「うそ~~あんじゅさん、そりゃ噓やわ^^」と信じてもらえませんが・・・事実です(笑)
それほど今は微塵もその影が無いほど・・・正常ですニコニコニコニコ拒食症になった方が良いぐらいデブです
もしかすると・・・このお話は連載になるかも知れませんが・・・興味のある方はお付き合い下さいね。
 
私は拒食症をどこの病院にも行かず自然治癒させたんです。でも子供だったので・・・そんな凄い事だったなんて昨日のお話を伺うまでは・・・知りませんでした。
でも・・・断言できる事は「拒食症は必ず完治します」
私の経験から、「子供を拒食症にしない子育て」「拒食症を克服させる子育て」そして
「自らの拒食症を克服する方法」をお話ししたいと思います。
「子供を拒食症(心の病)にさせない子育て」
自分の子供をわざわざ心の病気にならそうと育てる親はいません。皆さん良かれ・・・と思って、頑張って子育てをしています。
ただ・・・悪すぎる親に育てられた子供と
    良すぎる親に育てられた子供は・・・等しく拒食症(心の病)を発症する危険をはらんでいます。
私の人生を語る時、母を語らずして何を語る・・・と言うほど、いろんな意味で母とはご縁が深かったと思います。母が私にした事をしなければ・・・ただそれだけで私の子供は豊かに育ちました。それほど・・・母は前者「悪すぎる母親」だったんです。子供の心の病はいろんな原因がありますが一つは・・・「積み重ねた親への恐怖心」から始まります。それは子供の物心が付くまでの間のわずかな期間で積み重なってしまいます。子供が親に恐怖心を抱くことで、将来「心の病」に係る確立がかなり増えると思ってください。
私も物心がついた頃・・・すでに母は鬼より怖い存在でした。
では・・・子供の心に親への恐怖心を抱かせない為に親が決してしてはいけない事をお話しします。
悪すぎる母の例
1、行為を叱らず、人格を叱る。
たとえば・・・子供はコップを割ってしまいました。私の母は「何やってんねん。あほか?お前は・・。何やらしてもまともに出来ひん、役立たずが・・・。お前なんか」生むんじゃなかったわ」酷い話ですね(笑)たかがコップを割っただけです。
私はコップを割った事じたい、叱らなければいけない事とは思いませんし、それよりも「怪我はしなかったか?」と優しい声を掛け、子供に相手の失敗を許せる大きな心や思いやりを培う絶好のチャンスの到来と意識してそのチャンスを逃してはいけません。それを「叱る」のはもったいないです。怪我が無かった事を良かったと分かち合い、物は丁寧に扱わないと壊れてしまう事を教えてください。そして壊れたコップを一緒に片付ければ・・・親子のコミュニケーションが出来ますねニコニコ
 
母は私の些細な失敗を「お前は駄目な人間だ」と決め付けて言いました。コップを割ってしまった行為ではなく、私の人格を否定したんです。
 
2、世間体ばかりに気を使う。
母は子供のした行動で、嫌な思いをしたり、恥をかくことを、異様に嫌がりました。
学校の先生から、私が注意を受けたり、なにか不備を先生から指摘された時には
母は発狂したんです。「お母さんに恥をかかせたなぁ~。出て行け~お前なんかいらん。死んで前。殺したろか~」
なぜ私が先生に叱られたのか?どう言う事が起きたのか?も全く聞きもせず、
自分が恥をかいた事が我慢できず、発狂し、わめき散らしました。
学校で先生に怒られて殺されてたら、命が幾つ有っても足らんわニコニコニコニコそれなら、我が息子など何回、暗殺されているかわからない。今でこそ母のその言葉を笑い飛ばせますが・・当時の私は「学校で失敗をしてはいけない、先生に叱られてはいけない、いい子で居ないと・・・いい子で居ないと母に殺される」それが正直な気持ちで必死に生きていました。だから当時の私は母にいつも気を使うとても良い子でした。
子供は成功の中で自信を持ちますし、そして失敗の中で罪や過ちに気づき、また不屈の精神をやしないながら成長して行きます。長い人生です。子供の失敗を自分の恥などと思わず「わが子が大人に向かう、全ての人間の通る道を通っているんだな」と思えば・・・恥などありません。
 
次男が何年生の時だったでしょうか?運動会の前に担任の先生から電話がありました。「お母さん・・次男さんを徒競走に出場させてもかまいませんか?」
私はまた・・・走らせる事は健康上良くないのか・・・と思い「なにか・・・心臓検診にでも引っかかりましたか?」
「いいえ・・・そんな事ではありません。申し訳ないですが、次男さんは足が遅くて・・・あせる誰と走っても最後で・・・運動会ですし・・・あせる」私は大声で笑ってしまいました。私の母ならきっと私を「出来そこない、親に恥をかかせる」となじったでしょうが・・・私は担任に言いました「走りが遅いと次男の人生が全て不幸に向かうのですか?長い人生の中の小さな出来事です。どんな事も一生懸命に楽しむ事を次男にはいつも話しています。次男がなにも言わないなら、どうぞ走らせてください」
運動会・・・徒競走が始まった・・次男は走る、走る・・・そして見事べったくそ
私と長男は親の列の最前列に進み出て・・長男が次男に向かい大きく手を振り言った。
「たつや~~~頑張った~~~よ~頑張った~~」
私も大きく手を振り太陽のように微笑んだ。
すると次男もまた幸せそうに太陽のように微笑んだ。
体裁、世間体・・・そんな小さなものに拘っていたら・・・子供の素晴らしい太陽の笑顔を見失ってしまいます。
 
3、あのこはいい子なのに・・・お前ときたら・・・
母はいつも私を認めてくれる事はありませんでした。一生懸命母に喜んでもらおうと、家事も怠らずしました。暑い時には母が帰った時、冷たいお茶が飲めるように、気持ち良い蒲団で眠れるようにと準備して待ちました。でも母は私を褒める事は無かったんです。「お母ちゃん・・・冷たいお茶おいしい?」
「なに~~~恩着せがましい。いちいちお茶が美味しいって言わなあかんのか?親が子供になんで感謝しなあかんねん。よその子はもっとちゃんと家の事してるわ。お前だけや・・・そんな性の悪い事言う子は・・」
「喜んでほしかっただけやのに・・」                   冷茶のポットを冷蔵庫に入れる私の手に大粒の涙が零れた。
生まれ育ちも全く違う、まして生んだ親も違うんだから・・・基本他人の子供と自分の子供は比べようがないんです。他人の子供がたとえ神様でもお取替えはできません。引き合いに出すこと事態謝りです。自分の子はかけがえの無い自分のお宝です。
私がそうでしたから言いますが、子はどんな親でも親の悪口を回りには言いません。かえって褒めます。そうあってほしいと言う願望があるんだと思います。虐待を受けている子は絶対に親の事を話しません。「親に背信したら生きていけない、親の言う事を聞いていると安全(すりこみ現象)と言うDNAの記憶」が虐待を受けている子を見つけ出す邪魔をしてしまいます。そして子供は親に褒めてもらおう、喜んでもらおう・・・・と必死です。そんな健気は子供の心に精一杯応えてあげてください。私は長男や次男がお手伝いをしていてくれるとどんな些細の事も
「うわ~~ありがとうひらめき電球ひらめき電球ありがとう。嬉しいわぁ。助かるわぁ」と感謝を述べます。人間同士なんだから親であれ子であれ・・・助けてくれた事に対して感謝を述べるのは当たり前です。あの子は凄い、あの子はいい子ではなく・・・「お前を生んで、お前と出会えてお母さんは幸せだよ」と是非言ってやってください。子供の心を必ず照らし、自立心が育ちます。
 
ブログは500文字が最高なんで次回に続きます