イメージ 1
 
昨日、次男が陸上の県大会に出場しました。今年の3月に椎間板ヘルニアを患い、完治への長い道のりでした。
県大会前日の夜の事です。私が県大会に持って行くお弁当のおかずの仕込みをしていると次男が二階から降りて来ました。
次男「お母さん・・・ごめんね・・・・」
母「ん?なんや?おねしょでもしたんか?」
次男「なんでやねんお母さんがいつもどんな時でも、朝早くからお弁当を作って応援してくれたのに・・・・僕、もしかしたら東海大会は無理かもしれない。東海大会が無理だったら全国は無理。お父さんとお母さんを全国大会に連れていってあげると約束したのに・・ごめんね」お~~~いおいおい
母「たっちゃん・・・何を泣いてるの?ちょっとここに座りなさい」
と言いながら話を始めました。
次男は椎間板は吸収されたと思うのですが、踏み込む足の親指だけ感覚が鈍くどうしてもハンマーを投げる時のバランスが取れないようで、飛距離が元に戻らなかったのです。いろいろ治療をして椎間板ヘルニア自体は完治の様ですが、神経が元に戻るのはやはりもう少しかかるのだと思います。足の感覚が戻るように厳しいリハビリをしていましたので、今は痛みもなく歩くのにも問題は無いので日常生活は普通なんですが、踏み込むに力が入らなかったのだと思います。
県大会ぎりぎりまで「無理をしたらあかん」と言っても聞く耳を持たず、前日も夜遅くまでトレーニングに励んでいました。ところがやはり自己ベストの53メートルには届かず、県大会での成績が振るわなければ東海大会と全国大会は無理だと思ったのだと思います。
母「たつや・・よく聞きなさいよ。投擲はあんたが人生を豊かに楽しく生きる手段であって、全てではないよ。お父さんもお母さんも東海大会・全国大会に行けなかったからと言って、なんの望みも無くなったなんて更々思ってない。そしてこの病気はたつやが悪い訳でもないし、誰のせいでもない。それどころか、病気に負けず泣き言一つ言わずよくここまで頑張ったとお母さんはお前を誇りに思う。あんたが病気になった時にお母さんが神様に祈った事はな、父母を東海大会・全国大会に行かせてください・・では無かったよ。
あんたが投擲でのタイトルが欲しいなら、お前の栄光はお前のもので、たつや自身の事やから、それはあんたが神様に祈りなさい。もう18歳なんやから自分の幸せは自分で祈りなさい。お母さんは、親としてたつやの長い人生の中で二度と椎間板が飛び出す事の無いように、
健康を守ってやって下さい。これから迎える大学4年間を大好きな投擲をおもっきりやらせてやって下さいと祈ったよ。確かに頑張って来たから、残念ではあるけれど、お母さんは病気を治す事を最重要と思ってる。そしてこの厳しい試練は必ずタツヤを何倍も成長させるとお母さんは思ってる。ほんでな・・最後にもう一度言っておくけれど投擲は人生を楽しく有意義にするための手段の一つであって人生そのものではない。男はお兄ちゃんみたいに必ず「働く人」になりなさい。それが一番大切な事。
そしてたっちゃん・・・親にしてもらった事はお前が結婚したら奥さんに、そして子供が生まれたらその子供に惜しみなく愛情を与えてやればいい。大人になったら必ず他人様に「与えられる強いパワーを持った人」になりなさい。投擲の成績が悪かったら、お父さん、お母さんに悪いとか一切思うな。お母さんはあんたが何を選んでも、一位でも最下位でも毎日楽しく家族のお弁当を作ってる。何んにも心配ない。明日は悔いの無いように思い切って投げておいで。お前のその努力は誰が見ていなくても必ず神様がご覧になってる。泣くんじゃない。行ってこい」
そうやって・・・昨日の朝出かけました。
 
昨日の弁当^^
昨日・・・大会が終わり、菊川駅まで迎えに行くと・・・・「お母さん・・・聞いて。東海大会は6位までが行けるので僕は7位だったから残念だったけれど、いろんな先生がいっぱいやって来て、「たつや・・・椎間板ヘルニア乗り越えて47mとは素晴らしい」と褒めてくれた。そしてねお母さん・・・7月、8月の夏に国体がある。そこで東海大会出場者より好成績を叩き出せば全国大会に行けるチャンスがまだある。僕はやる。絶対に全国に行って見せる。お母さん見ていて」
次男の顔は晴れやかと言うより、既に国体に向けた闘志漲るイノシシのような鼻息の荒さでした(笑)
 
次男よ・・・簡単に得たものは簡単に無くなる。でも不屈の精神で勝ち取った物は絶対に無くしはしないです。
大人になり、人の親になった時に今日のこの出来事を思い出す時が必ず来るよ。自分の友や子が何かで悩んだ時に力強く「大丈夫」と言ってやれる。そして何事にも動じない精神力を養っている自分に気づくよ。
自分の長い人生の幸せは自分が掴み取りなさい。
神様はその努力を絶対に見逃さないのだから・・・・。