今日は次男が怪我後、初めて大会の場に向かいました。
大好物のなすびの天ぷら弁当^ー^私は朝4時に起きますが、怪我後は
大会欠席で早起きのお弁当はありませんでしたので、4時起きのお弁当がこんなに嬉しく思えた事はありません。感謝です。
次男は今日会場には行きますが、試合には出ません。
実は・・・・去年今年の県大会のシードを持っていたのです。
※シード・・・・成績が良かったので予選は無く、県大会に出場できる権利
主人は「シードがあるんだから家で安静の方が良いのでは?」と言いました。でも今日は後輩がたくさん予選に出ます。顧問の先生が「龍矢が来ないとな・・・みんな元気が出ない」とおっしゃって下さって行く事になりました。調子が良ければ投げるとの事でした。
次男はこの怪我で心に大きな変化が有ったようです。
同じクラブの同級生とも、とても仲が良いので、龍矢が怪我をした当時、私が迎えに行くと両サイドから友達が抱えてくれて、後ろから鞄や荷物を持って門のところまで来てくれてました。
次男の病状が芳しくなくクラブには参加できない日々が続くと、
同じ陸上で投擲をしているお友達が「たっちゃん・・・親が毎日、毎日車で送り迎えしてくれているのは、きっと期待して治ると信じてくれているからだよ。たっちゃんは大丈夫。たっちゃんが居ないと・・・みんな沈む。たっちゃんが来るとみんな記録が伸びる。絶対治って・・・必ず再起して。たっちゃんと闘いたい」と号泣してくれたそうです。次男もその日の夜は独り泣いていた様子でした。
椎間板ヘルニアは厄介な病気で、椎間板は吸収したようですが後遺症で足のしびれがなかなか治りませんでした。
左足はハンマー投げで踏み込む足なので、力が入らず踏み込めないのです。
でも私は県大会で投げる次男の姿がくっきりと想像できましたので「きっと大丈夫。奇跡が起きる」と信じて祈りました。
すると・・・ある日の夜、不思議な事が起こりました。
朝起きると・・・・「お母さん・・・昨日お父さん何時に寝た?」
「10時頃じゃない?」「お父さん夜中2時ごろ体操してた?」「そんな事してないよ・・・」「じゃあ違うな・・・お母さん今夜は下で寝てくれない?」
次男は怪我後、階段が登れない状態だったので一階で独り寝起きをしていたのです。私は珍しい事を言うな~~と思って「どうした?なんかあった?」と尋ねると昨夜の夜中2時頃の出来事を話し始めました。
夜中2時過ぎた頃・・・・どんどんどんどん・・・どんどんどんどん・・・どんどんどんどんと太鼓の音が聞こえて来ました。次男は「なんだ?お父さんか?」と思っているとまた・・・どんどんどんどん、どんどんどんどんと太鼓の音がして台所に置いてあった何かが棚からガタン・・・ガタンガタンと落ちたそうです。次男は「地震が来る・・」と思い身構えたそうですが、その後はシーンと何も無く過ぎました。ポルターガイストだと思った次男は怖くて布団をかぶって「幽霊来るなよ~~」と思いながら朝まで眠らなかったようです。次男は怪奇現象と思い恐れおののいていましたが、私はその太鼓のリズムを聞いて「怪奇現象ではないのでは?」と思いました。
それは、太鼓のリズムが一打ち、二打ち、三ながれ、山鹿流陣太鼓のリズムにそっくりだったからです。
私は不思議に思い「山鹿流陣太鼓」で検索してみました。簡単に言うと兵法の流派と書かれていました。「今自分とどう戦うか?いざ挑む時に鳴らす陣太鼓」だと私は思いました。次男は怖がっていましたが、私はふと、次男が高校入試の前に起きた出来事を思い出したのです。
小笠高校に志望していた次男でしたが・・・・ちょっと無理では?と言う先生からのお話しがあり「えらいこっちゃ」と思っていた時、二階から次男の叫び声が聞こえました。私はびっくりして「どうしたん?」と聞くと「屋根裏部屋に緑の軍服を着た大きな男が僕をじっと見てた~~~怖い~~」
私は「なんや?気持ちの悪い」と言いましたがよくよくその風貌を聞くと、
どうも主人の祖父の様でした。和歌山県の村の相撲取りをしていたぐらい大きな人で陸軍の兵士でした。私は次男を心配して現れて下さったと思ったのです。なぜなら・・・私は「〇〇甚太郎」(主人の祖父)の供養を忘れた事が無いからです。必ず先祖の供養の時に「〇〇甚太郎・○○くまえ」と主人のお爺ちゃんお婆ちゃんの供養を結婚後してきましたので、次男を心配して来て下さったと確信しました。
すると間もなく不思議な出来事が起こりました。なんと・・・行きたかった小笠高校から特退生で受け入れてくれると連絡が有ったのです。
もしかすると・・・祖父はひ孫に「安心しなさい」とこの事を知らせて下さったのか?と思いました。次男は祖父にとても似ているようです。
今回のこの太鼓の音・・・・あの時のように奇跡が起こるのでは?と思っていました。ところが・・・対して病状は良くもならずにいました。
でも・・・・ふと学校の先生からの紹介で浜松の「さかた鍼灸整骨院」をご紹介下さったのです。もう・・藁をも掴む勢いで来院しようと思いました。
予約の電話をすると先生が出られたのですがお話を聞いていると「次男は良くなる」そんな気がふっとしました。
土曜日・・・・次男を連れて来院すると素晴らしい先生でした。
なぜ椎間板が飛び出すのか?原因と結果の話をまずしっかり説明して下さいました。体の一部に負担が掛かり続けると、腰に倍の負担が掛かり、支えきれなくなった時に椎間板が飛び出して来ると言うようなお話しでした。前屈が出来なかった次男は、先生が有る処を押さえながら前屈すると、なんと痛みなく前屈が出来ました。先生は治療方法を説明下さり、その日の接術を受けたところ・・・足を引きずりながら歩いていたのが真っすぐに歩けるようになったのです。二回目でしびれが取れ、薬が不必要になりました。三回目でできなかった前屈も問題なくできるようになりました。
中東遠のドクターも「え?もう薬要らない?」と目を丸くする回復だったと思います。そしてさかた先生がおっしゃって下さいました。
「たつや君~~~県大会に出ような。出れるわ」
病院では「全治3か月、とてもじゃないけど投擲は無理です。安静に3か月して下さい」と言われ続け、次男はショックだったと思いますが
龍矢にとって先生のこの言葉は「神の声」だったと思います。三度目の接術で今はほゞ完治ではないか?と言うところです。
次男は素晴らしい友、恩師、ドクターに恵まれ、そして先祖の守護のパワーに守られ幸せだと感謝しかありません。
私はこの出来事で次男に話した事があります。
〇人が生きる上で必ず「試練」が訪れる事
〇試練は必ず乗り越える事ができる事
〇過ぎたるは及ばざるが如し・・・
次男は休む間もなくトレーニングに励んで来ました。椎間板ヘルニアになる少し前に腰が痛かったのです。でもキャンプに参加していました。
自分も「誰よりも頑張って来たのに・・・どうしてこうなるのか?」とポツンとこぼしました。その時に私が言ったのです「過ぎたるは及ばざるが如し・全ては陰陽のバランスを整えながらでないと歪が出る」と。
どう言う意味?と聞くので「物事は頑張り過ぎると、頑張ってない時と同じぐらいの結果しか出ない」と言う事。この世は陰陽のバランスが全てだから、体は鍛える→休ませる→鍛える→休ませる・・これが陰陽のバランスやで。龍矢の長い人生の中でお母さんのこの言葉が必ず解る時が来るよ。
「お母さん~~~行って来ます~~」久しぶりの元気な声とユニフォームの姿です。私は県大会に向けていざ・・・山鹿流陣太鼓を打ち鳴らしたい気持ちです。どんどんどんどん・・どんどんどんどん・・一打ち、二打ち、三ながれ「おのおの方~~~いざ県大会ですぞ~~

」


」ご心配を下さった方、励ましのお声を下さった方、多くのお世話になった方々、ありがとうございました。次男は何とか県大会に挑めるかかな?と思っています。
ほんとうにありがとうございました。