冬休みがスタートしました^^子供さんが嬉しいクリスマスやお正月がやって来ます。サンタクロースからお楽しみのプレゼントが届いた事と思います^^
そんな中でテレビではクリスマスイブの夜に、交際中の男二人と共謀して我が子に暴行を加え虐待死と言う痛ましい事件が報道されていました。
暴行は数時間にも及び続けられ有ろう事か母親は「死ぬかも知れない」と思っていたと言う。私はこの類の報道を見る度にむしずが走り怒りが頂点に達します。なぜ・・・自分の子に虐待を加えたり、また誰かが我が子に暴力を振るっているのを見て止める事ができないのか?
憤りを感じずにはおれません。
竹下和男さん(1949年香川県生まれ・香川県滝宮小学校校長在職中に始めた、子供一人で作らせる「お弁当の日」が評判となる・「お弁当を作ったら」著者)
この方がテレビ静岡の「テレビ寺子屋」に出演しておられた時のお話しが感動的でした。確かその時のお話しは子供の味覚についてお話をされていたと思います。子供の味覚は3歳から8歳の時に発達すると言われ、この年齢の時に母親が作った料理をしっかりと食べさせなければ、偏食になると言うお話しでした。そのお話しもさることながら、その時におっしゃった言葉に私はとても感動したのです。
竹下さんが幼い時にお母さんが
「お母さんはこの人生の中で子育てが一番楽しかった。貴方を産んだことが最高の幸せ」とおっしゃったそうです。素晴らしい。
最近は「子育てを楽しい」と思えない親が増えました。子育てを楽しいと思えず「子の犠牲になりたくない」とか「煩わしい」「目障り」・・・これが続くと「嫌い」「憎い」「邪魔」「不必要」と言う感情が心を犯し始め、最後は虐待に走ります。一回、二回では終わらず執拗に虐待を続けます。そしてこう言う親は虐待が発覚すると必ず「躾けでやった」と言います。私の母もそうでしたが自分は「世界一素晴らしい親・正しい親」と言う感情がありましたので子に加える虐待を自分が微塵も悪いと思っていませんでした。父が私への仕打ちを窘めると「躾や。このまま育ったらろくな人間になれへんから教えてるんや。あんたは黙れ」と言いました。母は自分が正しいという根拠のない絶対的な意識が有ったのだと思いますが私は母には母性が著しく欠けていたのだと思っています。
私のところに多く来る相談で「子供を叩いてしまいました・・私は虐待してしまいます。子供に申し訳ない」と反省ができる親御さんがおられますが、そのような親御さんは必ず改善が出来ます。でも元々「自分は絶対的に正しくて子供への支配意識が強く虐待を躾と称する方」は「矯正」が必要です。でも・・・矯正ができる人はほぼおられないのではないでしょうか?。私の母も死ぬまで気づく事ができませんでした。
先日も9歳の子でしたか?母親に刃物で「殺すぞ」と脅され頭を瓶で殴られたと自ら警察に届け、母親が逮捕されました。よく・・・警察に自ら走ったと・・私は褒めてあげたいと思います。
そのニュースの時にアナウンサーの方でしたか?ゲストの方でしたか?解りませんが・・・「お母さんが反省してまた一緒に暮らせたらいいですね。なんと言っても親子ですから・・一緒に暮らす事が一番幸せ」みたいな事をおっしゃっていました。なぜこんな事を軽々しく言えるのか?私は残念でなりません。行政は虐待児を二度と親に返さない覚悟で子を保護しなければいけません。
なぜなら・・・また確実に繰り返すからです。一旦、親から離した子をまた親に戻すと、今度は更に厳しい虐待が加えられ・・・最後は子を死に至らしめます。
虐待死の子供に多いですが一旦施設に保護しているにも関わらず、また親に返してしまい虐待死をしているケースです。虐待児を一旦保護したらもう返してはいけないのです。
子供が親の虐待を訴えない理由は多く有りますが、「最後まで親を信じたい」と言う子と「一旦保護されても・・・また更なる地獄に返されるんじゃないか?」と言う恐怖が、訴え出る事ができない理由でもあるのです。再び返された時の親の暴力が想像できるのです。私が母の虐待から逃れられなかったのは後者の気持ちが理由です。一旦保護されこの母から逃れても・・・またこの母に返されたら?・・・自分は前以上の恐怖を味わうと思っていました。
日本は子供の虐待に対して刑も軽いし甘いと・・・私はそう思っています。
このアナウンサーがおっしゃるよに「親と暮らす事が一番幸せ」と言う考えは虐待を受けている子供には通用しません。保護した子を虐待親に絶対返さない。これが虐待死を招かない最善の方法です。絶対に親に返さなければ・・・自分から助けを求める子も増えるのです。私がそう思ったように・・・。
ではなぜ親がこうなるのでしょうか?
それは著しい「母性」の欠落です。
「母性」は元々人間が持って居る「母性本能」が更に環境で育まれ「深く豊かな母性」になって行きます。本当は人が結婚をして子供を得る年齢になる頃には「深く豊かな母性」が育ち完成されているのが普通なんですが、今は育っていない、それどころか元々あるはずの母性本能でさえ欠落している人が親になってしまう事が多いのです。
そんな幼稚な人間が親になる事が虐待と言う悲惨な事件を引き起こす・・・一端でもあると私は思います。
また母性は女性だけが持って居るものでは無く生きとし生ける者の全てが本能で持っています。ですから男性も母性本能があります。母性が豊かな男性はとても素晴らしい子育てができるのです。
よくテレビで事件になっている女性の連れ子に虐待を加える男性は
自分が育った環境が母性を養えず、元々持って居るはずの母性本能をも欠落してしまった結果があのような恐ろしい虐待を加えてしまうと言えます。母性の欠落した女は更に母性が欠落した男を引き寄せ凶悪な虐待死を引き起こしてしまいます。
では母性とは何でしょうか?
「愛」・・・愛しい事。可愛いと思える。大切と思える。守りたいと思える事
「優」・・・優しい事。痛みが解る。悲しみが解る。癒したいと思える事
「慈」・・・慈悲の事。許せる。苦を除く。楽しさを与える。命を守る事。
この3つだと私は思っています。生まれた親から・または親の役目がある人から「愛・優・慈」をシャワーのように浴びて育った子はこの世の生きとし生けるものに母性を持って接する事ができるようになります。
親を愛する・兄弟姉妹を愛する・友達、隣人を愛する・小動物を愛する等。
親に与えられた母性のシャワーで元々持って居る「母性本能」がより芽吹き、やがて開花して、自分が結婚して子供を産む頃には種を植えられる(自分の子供に愛・優・慈を注げる完成した力がついている)ようになっています。
本当はこのように「母性」は連鎖して行かなければならないのですが、
不幸にも環境に恵まれず「母性本能」が芽吹く事無く育ち、大人になってしまい、やがて自分の子を産んでも・・・・
「愛の欠落」により、子供の存在が可愛いと思えない
「優の欠落」により、子供が泣いていても「何かを察する事」ができずただ煩く感じる。
「慈の欠落」により、命を尊いと思えないので、些細な事で虐待に火が付きます。
そして母性愛に接する事無く育った人は、我がままで自分勝手です。
子より自分が一番でないと我慢が出来ず、離婚して子を引き取ったものの、自分の恋愛に邪魔になって「この子さえいなければ・・」と、自分が連れて来た男が我が子に虐待を加えても何も言えない。なにも言えないならまだしも自分も一緒になって虐待を加えたりします。
遠い昔から子への虐待がありましたが、我が子への虐待は少なく、再婚した相手の連れ子が殆どでした。
でも昨今は「我が子」に虐待を加え殺してしまう親が爆発的に増えました。それは上記の「育つ環境」が乱れて来たからだと私は思います。
ではなぜ乱れたのでしょうか?
男女同権・・・この言葉が今は普通になりましたが、「同権」を間違って理解している方が余りにも多く私は嘆かわしいと思っています。
この誤った「男女同権」の理解が子供を育てる環境を著しく乱していと私は思っています。
権利→他人に要求したりする資格と書かれています。例えばご主人だけがステーキを食べて妻は水だけとか、ご主人だけが温かい部屋に寝て、妻は吹き曝し。またはその反対では「同じにして下さい」と言える、または同じにして良いと言う事です。これが男女同権です。
でも・・・多くの人が「お役目」を逆転させる事だと勘違いしています。
お役目とは「神様が与えたもうたもの」です。
女性には子宮と言う「宮」(ぐう)を、男性には金玉と言う(玉)ぎょくを神様は与えました。この法則に逆らうと生命の髄に歪みが生じてきます。
神様(超パワー)が与えたものを人間が変える事は出来ないのです。無理やり変えようとすれば、バランスが崩れ始めて当然なんです。
今の世の中の乱れは傲慢な人間が超パワーの不変を悪戯に変えようとした付けが回って来たと言えます。
女性「宮」(ぐう)は宿る・育む・守る・癒す・慈しむと言う繁栄を表す。
男性「玉」(ぎょく)は映える・稼ぐ・働く・守る・輝くと言う金運を表す。
「宮」は「玉」を労わって、「玉」は「宮」を保つ事がそれぞれのお役目と言えます。
これが神様が与えた男女のお役目ですから権利とお役は全く違うものです。
女性は子育てをして家を守り、男性は労働で家を肥やす。これがお役目です。
もちろん・・・男性が子育てを手伝うな仕事だけしていろ・・女性は外で働くな子育てだけしていろと言っているのではありません。状況により臨機応変で構わないのです。お母さんが風邪を引いたらお父さんが食事の支度をする。マイホームを持ったからお母さんも働く・・全く構いません。でも
現在の男女の在り方のように「同権・同権」と囃し立て、猫も杓子も互いが役目を放棄してしまい、結局男女が真反対になってしまった結果、母性そのものの「宮」が崩れ・・・・家庭は崩壊し始めます。家庭の崩壊は、そこで育つ子供の心に母性が育たないと言う結果を生みます。
お母さんは子供にとって「心の拠り所」「心の基地」ですから
「愛」「優」「慈」=母性をシャワーのように子供に浴びせて育てなければ、その親の子にもまた母性が育たない。母性が欠落した子がやがて親になれば我が子に虐待をする。虐待を受けた子は「愛」「優」「慈」が育たない・・・と連鎖を止められなくなります。今その状態が途轍もなく増加してきました。
では愛・優・慈に満ちた母性豊かな子に育てる「子育て」はどうすれば良いのでしょう?
お話しが長くなりますのでこの続きは2018年にお話しすることにします。楽しみにお待ちください^^
さて・・・私は大掃除、大掃除
