先日パソコンの調子が悪くカチカチやっていると・・結局段々画面が白くなり、暫くしたら何も映らなくなりました。寿命が来たのだと思います。
阿朱庵を始めた当初、ご依頼主から
「あんじゅさんの念珠は素晴らしい・・ぜひブログでご紹介なさっては?」と
助言を頂きましたが・・当時パソコンなんて必要がなかったもので持っていませんでした。すると・・フレッツ光に繋げるとパソコンを貰えると聞き、近所の電気屋さんに伺いに行こうと思っていました。翌日、次男の学校の参観会から帰って、電気屋さんに行く前にトイレをしていましたら「ピンポーン」
長男が出ました。「お母さんNTTの人が来てるよ」「うちはauだからと断って~~」「お母さん~~フレッツ光の事で話があるんだって~~」
「ん?フレッツ光?なぬ?フレッツ光~~~」私は慌ててトイレから飛び出て「フ・フ・フレッツ光ですか?パソコン・・タダで貰えますか?」
「は・・・はい。フレッツ光を引いて下さればパソコンを差し上げます」
と言う奇跡の訪れで私はパソコンを頂き晴れて「阿朱さんのブログ」を
開きました。奇跡はそれだけではなくてその後プリンターを頂き、頂いたパソコンが中古の為、ワードとエクセルが入っていなかったのですが、
それも頂き、一銭のお金も掛からず当時「阿朱さんのブログ」を始める事が出来たのです。もし・・一つでもお金が掛かると当時は主人が事故で収入が無かったため断念したと思いますが・・・
思えばそれが未来にもっと大きな奇跡を起こす前振れだったのだと思います。
お話を戻しまして・・・中古のパソコンでしたので約3年は経過していただろうと思います。そして私が約7年お世話になりましたので寿命が訪れたのだと思い電源を切って綺麗に汚れをふき取りながら7年を振り返りお世話になったパソコンを抱きしめながら感謝していました。
「ありがとうね・・・お世話になって。貴方のお陰で私は成功を収める事が出来ました。ほんとうにありがとう・・・・」
すると・・・長男が二階から降りて来ました「お母さん・・なにやってるの?」
「お世話になったパソコンが潰れたよ。だからお礼を言ってるところ」
「パソコン・・・なかったら仕事はどうするの?」
「それが困ったね~~二階に置きっぱなしになっている大きなスマホから更新ができるみたいだけどたつやが帰らないとわからんね。印刷も出来なくなるから困ったね」
「お母さんがブログを辞めたらどうなるの?」
「楽しみにして下さる人がいらっしゃるから・・・辞められないね」
「そう・・・・・・」長男はビデオ屋さんに行きました。
万が一と思いもう一度電源を挿しましたが・・・やっぱり駄目でした。
すると・・・長男が帰宅。
「お母さん、これで新しいパソコンを買ったらいいよ」
「え?いいよ。お兄ちゃんが一生懸命働いたお金だから大切に貯金をしておかないと・・・」
「お母さんのブログを待ってくれている人が居るんでしょう?せっかく待ってくれてるのにブログ辞めたらがっかりするじゃない。」
「いいよ。なんとかなるんだから」
「あんねお母さん。たつやはクラブで良い成績とか出してお父さんやお母さんを喜ばせているけれど・・・・僕は仕事しかしていないから喜ばせてないから・・・パソコンが新しくなったらお母さんが喜ぶでしょう?」
私は長男の言葉を聞いて胸がえぐられるような衝撃がありました。
確かに長男は、次男のようにクラブや何かで秀でる事のない学生生活でした。それを「自分は弟のように親を喜ばせていない」と思っていたのかと驚きと衝撃が走りました。
私は長男に言いました「お兄ちゃんとたつやはお役目が違うんよ。
人間は最後は働く人になる・・・これが最終目的。たつやも今は学生やから投擲を頑張っているけれど必ずお兄ちゃんみたいに社会に出て働くよ。お兄ちゃんはたつやより一足早く立派に働く人になってくれた事がお父さんとお母さんの大きな喜びやで。一番の嬉しい事なんやで。だからなんにもお父さんやお母さんをたつやみたいに喜ばせてないとか・・まったく思わなくて良いんよ。お父さんもお母さんのお兄ちゃんに今までいっぱい幸せと喜びを貰ったから・・もう十分なんよ」
「ほんと?」
「ほんとやで。ありがとうね~~」
「でも・・・お母さん。これでパソコンを買えばいいよ。みんな喜ぶから。僕はまた働いてお金を儲けるよ」
長男が買ってくれたパソコン
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新品のdynabookです。私は怠ることなくこのパソコンで仕事をしないと
罰が当たる・・・そう思いました。
「阿朱さんのブログ」をご閲覧下さる方々にもっと感動とお幸せを届ける事が私の使命と思います。
 
長男は学力障害があります。保育園から問題ばかりでした。
大阪の保育園では「この子はろくな大人にならない」「他の子の邪魔になる」「親の愛情がないからこんな子に育つんですよ」「末恐ろしい・・・何を考えているかわからない」
小学校2年の時は「親の躾が悪いからこうなるんでしょう?」「他の子の邪魔にならないようにしてください」
静岡に来てから5年生の時は完全に教師に無視をされ親子で教師のいじめに合いました。授業参観の日は長男が手を挙げても一切長男の事も見ない教師でした。どの保育士、教師からも「この子はまともじゃない」「ろくな子じゃない」「なにもできない・・将来は社会の役に立たない怠け者」
「先が思いやられる」「大きくなっても働けない」「このままじゃ雇ってくれるところもないですよ」等々。他人は好き勝手を散々言ってくれましたが、
確かにそんな事を言われ・・・悔し泣きもしたのですが私はふっと思いました。「この子は私が生んだ・・・私が生んだけれどこの子の未来なんて見えないし、どれだけ愛しても見た事もない。・・・生んだ母親がこの子の未来が見えないのに・・・お前ら他人に何が見えるんか?」と背中の方から
ザ~~~っとなにか力強い波が押し寄せました。瞬間に悔し泣きをしていた私は「今に見てみろよ~~。長男は私を選んで生まれて来てくれた。
と言う事はこの子が子供の間に起こす全ての負の出来事を母として私はクリアできるパワーがあるんだ。今に見てみろ~~」と力強く思ったのです。それからも・・泣いたり笑ったりといろいろありました。本当にいろいろありました(笑)
でも・・・私はぶれる事がなく長男にも次男にも言う事があります。
それは「働く人」になりなさい。働かずにお金は稼げない。
そしてお金はただ貯め込む貯金が「目的」ではない。
お金を貯める事は「手段」にしてその先にそのお金で何を得るか?が重要。
そのお金で自分と他人が幸せになれるようにお金を回しなさい。
そうすれば・・・必ずお金はまた自分に返る。
この世には「生き金」「死に金」がある・・・生きたお金を使うと必ず倍、また倍になって返ってくるから・・・お金を心から愛して懸命に働きなさい。
そう教えて来たのです。
長男は21歳になりました。初めて「ろくな人間にならない」と言われたのは5歳の時。あれから16年・・・・長男は立派に働く人となりました。
過去に保育士や教師が見た「ろくでもない姿」の長男の未来は、虚像でしかなかったのです。
親でさえ子の未来なんて見えないのです。
私のところに子供の事で相談に見える方は「今」の子供の現象だけを見て未来を決めてしまって落胆しています。私はいつも「おっしゃるその未来が見えたのですか?」と問います。「学校の先生にそう言われて・・・・」
「その先生には貴方のお子様の未来が見えるのですか?本当に他人の未来が見えるなら私がその先生を今の給料の3倍で雇いたいです」
誰にも他人の子の未来など見えはしない。責任の無い他人は好き勝手に言うのです。もちろん自分にも見えません。見えない未来なのに
他人に言われた理不尽に傷ついたり、くよくよと悩んで泣いている暇は母にはないのです。「今に見てみろよ~~」を現実にするには・・・
有名学校入学を目的としてはいけません。大企業就職を目的としてはもっといけないのです。いつ如何なる処でも「働く人」である事が「今にみてみろよ~~」が現実となります。
親が子供の最終目的を見誤ったら・・・子は独りで生きては行けません。
そうなってしまったら彼らの見えてもしない未来が現実になり兼ねない。
私もまだまだ子供達が「独り生き抜くパワー」があるかは明らかにはなっていませんが・・・私のポリシーは一切と変わる事はないと思います。
人はどこで働くかではありません。そこでどう働き、何を築き上げるかです。
 
他人が決めた見えもしない我が子の理不尽な未来を悲観しない。何を言われようと「今に見てみろよぉ~~」この精神で親は子供を最終的に「働く人」に育てれば・・・それが一番のお幸せではないでしょうか?