熊本・大分地震から1か月が過ぎ、テレビでもあまり報道しなくなりました。でも被災地はまだまだこれからいろんな事が起ころうかと思います。
一日も早い復興を願っています。
地震発生時、九州にお住いの「阿朱庵家族」はみなさん無事ですとブログでお話ししました。みなさんお怪我もなく今も無事でいらっしゃいます。
本当に嬉しく、一日も早く元の生活に戻って下さる事を強く念願しています。
私のファミリーの中に熊本の中心部にお住いのユキちゃん(仮名)がいます。最初の地震の時は無事のメールがありました。私はホッと胸を撫で下ろしたのですが二度目の大きな地震の後は・・・連絡が途絶えご心配をしていました。でもこちらから煩くメールをすると返ってご迷惑かと思い、ユキちゃんからのご連絡をお待ちしていました。
すると・・・先日数通のお手紙が届きました。
想像を超える惨状に手紙を読みながら泣きました。
彼女の手紙では・・・一度目の揺れの時は何とか持ち応えたけれど
二回目の大きな揺れの時は轟音と共に家が崩れ出し、家族全員が「このまま家の下敷きになって死ぬ」と命の危機を感じ脱出した。家が半壊して少しの間車中泊をしましたが、今は親戚の家にお世話になっていますと書かれていました。二度目の揺れの時に窓から大きな月が見えて、
今でも夜空の月を見るとあの恐ろしさを思い出し、足が震える恐怖を感じますが頑張っていますと書かれていました。
彼女はお若いですがいつも凛としてしっかりしたお嬢さんです。
家をお引越しされ今の一軒家に新居を構えて、家の改装や状況も知らせて下さっていたところだったのです。心中如何ばかりかと心を痛めました。ところが彼女の手紙には泣き言一つ書かれていない。
それどころか「感謝」が溢れんばかりに書かれていました。
あれだけの被害に関わらずご家族様にお怪我一つない事
僅かな車中泊でご親戚の好意で避難所では無く家族だけで住めるお部屋に不自由なく居る事。
彼女めの会社の被害が大きく建て替えを意義無くされていますが奇跡的に仕事を失う事無く、地震後も一日事。
 
そして「あんじゅさん。お守り頂きありがとうございます。二度目の凄い地震の時、取る物もとりあえず命からがら逃げたはずなんですが・・・家族が示し合わせた訳ではないのにみんなが念珠を握りしめ逃げていました・・・・」私は涙が溢れて手紙が読めなくなりました。
そして・・・「不思議だったのですが・・・五月の母の日に送ろうと思っていたお花なんですが・・・なぜか、少し早くあんじゅさんに贈ろうと今年は思って・・・早い目に贈れたので今年もちゃんと母の日のお祝いができて良かったと思っています」
ご自分が大変な時に私に贈る母の日のお花が贈れてよかったと言って下さるのです。私は感無量になりました。
彼女は毎年、私がお花が好きな事を知って下さり可憐なお花を送ってくださるのです。
自分のお念珠が傷ついてしまった事に心を痛め、申し訳ないと・・・・。
本当に・・・・なんて心が澄み切ったお嬢さんかと思います。
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去年の母の日に贈って下さった紫陽花。
今年は一回り大きくなり大輪の花を咲かせました。
「ユキちゃんへ・・・・この度は本当に大変な出来事に遭遇され、どれほど恐ろしい思いをされたかと案じています。でも・・・ご家族様が皆さんご無事で、なにより家族だけで周りに気兼ねがなくお住まいできる家が守られ・・本当に安心しています。貴女の事だからいつも気丈で凛となさっていると思います。お疲れの出ないように・・・一日も早い安穏を心からお祈りしています。そして・・・お念珠のゴム等が痛んで気になるようでしたら、
送って下さい。ご家族様すべてのお念珠を無料でお修理とパワーチャージをさせて頂けたら嬉しいと思っています。私ができる事はそんな事しかありませんからぜひ・・ご遠慮なさらず送ってください。
貴女の女神(彼女が念珠をそう呼んでおられるので)の写真を朝夕の御念の時に前に置いています。いつも話しかけています。
どうぞ・・・お守りくださいと・・・・。お体を厭うて下さい。安全で・・・安穏であって欲しい。祈っています。貴女が贈って下さった紫陽花は一年後の今年、見事に大輪の花を咲かせました。きっと・・・一年後はご家族さまに
善き大輪の花が咲きます。私は信じています。未来に希望を持ち生き抜いて欲しい」
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アフロディーテ
 
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白雪姫
 
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ラオプフロッシュ
貴女の美しい女神さまが・・・お守り下しますように・・・

 
被害が大きいため罹災証明等の手続きも日にちが掛かる等、まだまだ被災地は通常の生活が戻っていないようです。
熊本・大分、他被害に遭われた方々のお見舞いと一日も早い復興を心から祈っています。