去年の夏頃だったでしょうか・・・・ご紹介でお見えになった
「よさん」よさんとの出逢いも、とても不思議でした。
よさんは、私が以前に通っていた美容院のお客様なんですが、その美容院が新店をオープンされるに当たり、勤めていらした女の子が独立をしました。よさんはその独立された彼女のお客様だったのです。
偶然・・・その日は独立した彼女の美容院がお休みだったので新店の方の美容院に行かれました。
いつもはそんな事を他人に話さない彼女でしたが、なぜかその時は
オーナーの奥様に悩みを話されました。その美容院のご夫婦は阿朱庵のお客様なんで「阿朱さんという人が居てね・・・」とお話下さったのです。
よさんは何故か迷いも無く真っ直ぐに阿朱庵にお見えになりました。
メールでは「息子が・・・・・最近」とおっしゃっていましたので、息子さんの年齢的に「ひきこもりでもされているのか?」と、おいでになるのを待っていました。
よさんは私と同じ年ですがなんと可愛いキュートな春色のオーラを放って
おられ、お顔も優しげで「この方になんのお悩みか?」と思いました。
よさんのお話・・・
「あんじゅさん・・・息子は小さい時は本当に何でもお話をしてくれましたが、最近は全く話もしません。何を考えてるのかもわかりません。
元の家族の団欒を取り戻したいです」と涙をこぼしておられました。
ところが・・・・息子さんに陰は見えないのです。
私は訪ねました「息子さんは引きこもりですか?なんだか違うような気がしますが・・・・」
「息子は引きこもりでは有りません。教師をしております。学校では生徒にも慕われて問題はありません」
すると・・・不思議な姿の方が見えました。なにか頭にキラキラの高い被り物を被って崇高な感じのいでたちです。私は息子さんの守護霊と思いました。
「よさん・・・息子さんは問題ないのではないでしょうか?偉くお高い守護霊さんに御守り頂いておられるし・・・人脈も素晴らしいのではないですか?きっちりと未来を見据えた人生を歩んでおられると思いますよ。ご結婚は?」
「彼女が居たのですが・・・・今はもう別れたのかどうかもわかりません。なにも話しませんから・・・・」
「(笑)よさん・・・お兄ちゃんは親離れを正常にされただけですね。
お母さんを嫌ってお話にならないとか・・・家が嫌だとかではなくて、
自立をなさったんだと思いますよ。なにも心配いりません」
よさんの家庭は、旦那様聡明、よさんが塾の講師、息子さん教師、娘さんは活発な学生さんとご聡明一家でなんら問題はありませんでした。
よさんは良妻賢母で家庭を大切にされて来たんだと思います。ただ・・・
私もそうですが子供はいつまでも子供と思って可愛いのですね。
「お母さん、お母さん」だった息子の独立が少し寂しい気持ちになられたのだと思いました。
彼女は息子さんにお念珠を希望されたのですがお仕事の時には付ける事が出来ないと言う事で、教師でもありますし『寿珠』をお勧めしました。
「よさん・・・・息子さんですが恐らくこの守護霊様はご先祖様にどなたか凄い僧のような方が居られると思います。出来れば格の合うお寿珠にして頂きたいと思います」
それはそれは素晴らしい寿珠が出来ました。総ブルーサファイヤとゴールドルチルです



彼女に出来上がりを知らせると取りに来て下さると言うのでお待ちしていました。
お見えになった彼女のお話
「あんじゅさん・・・・驚きましたが、寿珠をお願いして帰った夜の事です。
息子が急に話をしてくれました。あれだけ話もしなかった息子が、お寿珠を頼んで帰って来たら突然話をして・・・私は狐につままれた感じでした。
今まで私が心配して居た事を全部話してくれました。
食事をして直ぐ自分の部屋に行くのは、お茶農家がどうすれば繁栄するのか?自分に何が出来るのか?をいろいろ調べていたようです。私の実家がお茶農家で、もっとお茶農家を守って伝承して行くにはどうすればいいか等を考えていたようです。親の実家の事まで真剣に考えてくれていました。そして・・・彼女とは上手くいっていて結婚も考えているようです。
私の事主人の事・・・・しっかりと考えてくれていました。本当に安心しました。あんじゅさんとの回り逢いに感謝です。ありがとう御座います」
よさん・・・ご夫婦がもともと立派にお育てになった素晴らしいご子息です。なんら心配はありません。ご聡明で多くの事をしっかりと考え自分の人生を切り開いて行かれると思います。
ただ・・・私が心配しているのはよさんにお念珠が必要ではなかろうか?と言う事です。
「私に?・・・・」
「はい・・・またいつか阿朱庵にお越し下さい」
まもなくの事です。よさんがお見えになりました。
「あんじゅさんが私に念珠が必要では?とおっしゃったのでとても気持ちから離れませんでした」
「よさんは素敵な家族をお持ちになってなんら心配ないのに・・・・
貴女の心が私に『寂しい』と訴えてこられるのはなぜか?と思ったんです」
よさんが話されました。
よさんは幼い頃から母親の愛情を全く受けて来られなかったそうです。
いつも寂しく、母の愛情が欲しい・・・欲しいとお育ちになって来ました。だから自分の子供は愛情豊かに育てたい・・・・全身全霊で愛したい、円満な楽しい家庭を懸命に守って来られたんだと思います。今回息子さんの自立が少し寂しいと思われたのは過去のトラウマから「家族の絆」が切れてしまう事を恐れての事だったのだと思います。でも息子さんの本心が明らかに聞けてきっと安心されたのではないでしょうか?
ほどこし一家和楽を願い結びました。
よさん・・・本物の愛情を注ぎ育てた子供さん達は、必ず立派に社会に
巣立って行かれますよ。そして自分の家庭を持ったなら、親の心を
解って言わずとも孝行を下さると私は思います。
お幸せをお祈りしています。
今日は素敵な親子のお話をさせて頂きましたのでこの機会にお話させて頂きます。
昨今は子供への虐待が大きく取りざたされています。その虐待の中に
『溺愛』が含まれていると私は思っています。
以前に述べましたが子が一定の年齢に達するまでは「過保護」は問題ありません。と言うより過保護でないと命を危ぶむ事態に遭遇した時、子供を守ってやれない親では意味がないからです。ところが・・・似ているようで全く違うのが『溺愛』です。
溺愛とは?・・・子に愛情を与えすぎて子が溺れる?
いいえ、子に幾ら愛情を与えても子がその愛に溺れる事は無いです。
親が与えた愛情は必ず礎となって子を自立へと導きます。
『溺愛』とは?「愛」と勘違いした親のエゴ(利己主義)の押し付け。
自分が「これは子への愛情、この子の為に言っている」と勘違いして自分が自分のエゴに溺れる事と私は理解しています。
でも・・・・今や『溺愛』は子がどのような惨い未来に進むか?そろそろ現象し始めました。
大きな例は『引きこもり現象』です。次に潔癖症、自分正しいのブルーバード症候群(どこに勤めても続かない。自分はこんな企業で勤めるような小さな人間ではないと思って転職を繰り返しやがて社会に適さなくなる)。家庭内暴力・直ぐに切れる暴力的な性格は母親の歪んだ溺愛で育てられた子がとても多いです。
溺愛とは・・・・
1、親が絶対的に正しいと幼い時から子の経験を著しく奪い取る親。
あれをしてはいけない・・・これも危ないから駄目、あの子は良くない子だから遊んではいけない、こっちの子と遊びなさいと言う親。自分の価値観を子に押し付けてせっかくの子供の「経験」と言うステージを奪い取る親。
経験=自信ですから「経験」を奪われ続けた子は大人になっても自信を持てなくなるのです。
2、偏差値の高い学校に行く事が幸せなんだと著しく教育熱心な親。
偏差値だけに囚われ、偏差値の高い学校に行く事が子の幸せと決め付けて押し付ける親。受験の為だけに生かされた子は受験に失敗すれば、その先を見出せず、自殺を考える。凶暴化する。引きこもるが当たり前に起きて来ると思います。偏差値道にしか生きる道を見出せなければ・・・それを手に出来なければ、その子の人生はそこで終わるのです。
3、自分の子がいつも正しい。自分の子だけが良ければ良いと言う考えの親。
こんな親に育てられるとやがて協調性が無くなり孤立をします。
また著しく攻撃的で我侭でただ嫌いとか、うざいと言って他人をいじめます。でもそれが通用するのは子供の内だけです。社会に出れば大恥をさらして社会的に弾かれます。我が子の本当のお幸せを考えるなら、我が子の周りの子供達も豊かでお幸せでなければいけません。
わが子が誤った時は反省と謝罪を促さなければいけません。
他人の痛みがわかる子、思いやれる子、お友達の栄光を称えてあげられる子は、その人生に置いて奇跡のような素晴らしいお幸せを手に出来ます。自分の事しか考えられない狭い了見の子は、その人生のお幸せも伸びきったうどんの様に細く切れやすいです。
4、著しい潔癖症な親。
汚い・・・汚いと何でもアルコールで消毒したり、公園で遊ばせない。
手を狂ったように洗わせる親の子供は子供が精神を病む確立が高くなります。
また大きくなって恋愛が上手く行かない方は潔癖症な親の子が多いです。特に男の子は女性が不潔なものに思えて恋愛が出来なくなる事が多いです。他人が触ったものを触れなくなったりやがて精神を犯しはじめて社会生活が難しくなります。自分以外の他人は汚い・・・なんて
思い上がった親の子は心がばい菌だらけになります。
上げればもっと有りますが・・・・今日は私の母と兄の話をしたいと思います。
私の兄はとても真面目で社会的にも何も問題はありません。
良き妻を迎えて子供にも恵まれ、幸せに暮らしています。ところが
母に対しては全くの愛情に欠落してしまっています。
兄に尋ねた事はありませんが兄は母が嫌いだったと思います。
でも兄は幼い時は、私のように母には邪険にされてはいません。
どちらかと言うと溺愛でした。
母の口癖「お前は(私)は他所にやる子(嫁に行く)やから、大事にせんでもええねん。でもお兄ちゃんはお母さんが年いったら面倒みて貰わないとあかんから、お前とは違う」でした。
「お兄ちゃんに見てもらうねん。お兄ちゃん・・・お兄ちゃん。」でした。
兄は高校受験に失敗をしたんです。その時に母は泣き喚きました。
可哀想に・・・可哀想に・・・なんでお兄ちゃんが落とされるねん・・・
いつまでもいつまでも執拗に泣き喚く母。
その落胆振りは病的で当時私でさえ「鬱陶しい」と思ったので等の兄は
自分の事だけに非常に辛かったと思います。でも父はにっこりと笑って私立の入学金を揃えていました。
父が亡くなり母は男遊びが酷くなりました。
ギャンブルにのめり込みパチンコで借金を作ってしまい、兄が弁済をしました。母は兄に詫びることもありません。反対に「苦労して育てたんやから、親の為に尽くしたらええ」でした。小さいときは溺愛して、自分の考えを子に押し付けていたのに、父の死後、男に溺れ毎日毎日テーブルの上にはインスタントラーメンが置かれていて子供の食事さえも作らなくなった母を兄はどのように見ていたのか?と思います。段々兄は母を毛嫌いするようになり「汚い」と言い出しました。
兄が結婚する時、母は自分も兄の家に行けると思っていたと思います。
でも・・・兄は母が絶対に来る事が出来ない遠くにマイホームを買いました。兄はそのマイホームに母を泊まらせた事は一度もありません。
母が無くなりお骨をどうするか・・・となった時兄は「要らない」と言いました。
こう言うと兄は鬼のように思いますが違います。兄は母の身勝手な溺愛の犠牲者です。兄は友達も多く、社会的にもなんら問題もありません。働き者で家族も大切にしています。でも・・・・母への愛情だけが欠落してしまいました。そうしたのは母です。
私達兄妹は大人になり・・・・女の私は母の寂しさが理解できるところもあります。でも兄は母の溺愛ほど息苦しく鬱陶しいものは無かったのだと思います。小さい時は『溺愛』で雁字搦めにして、大きくなったら父以外の男に溺れ子供の幸せを踏みにじり省みなかった母を最後の最後まで兄は許せなかった・・・・私はそう思います。
母は兄に老後の面倒を診て貰いたかった。だから兄を溺愛しました。
兄を溺愛し自分の人生の幸せを兄に求めましたが・・・結局母は骨になっても兄には永遠に愛される事はありませんでした。
子の人生は自分の為にある・・・自分の思うように育てたい・・・自分ができなっかた夢を子供に託したい。
子供を優秀に育てて優越感に浸りたい。
その愛は総て見返りを求めるもの・・・・
子供が社会的に生きていけないような・・・・問題を起こす家庭は
このような親の下で育った子が非常に多いです。
社会的に問題を起こさなくとも・・・・骨になっても愛される事はありません。
愛とは何でしょう?私は・・・
『見返りを求めない・・・無償を形で現したもの』
そう思います。
家族も・・・親子も・・・・男女もなんら変わらない。
相手の人としてのお幸せを願う形・・・
それが愛ではないでしょうか?
親子って・ただ無償の愛・・
昨今の子供達の氾濫を見て、そう思わずにはおれません。