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皆さん暑いですが、いかがお過ごしですか?熱中症には充分気を付けて下さい。ゴロちゃんも暑いですが・・・カメラ目線で頑張っております
先日面白い事がありました。私と次男が寝転んでスマホで「犬の面白画像」と言うのを見ながら大笑いしていると、二階から長男が「なに笑っているの?」と言うのでスマホの画面を見せると、嬉しそうに自分も寝転び、三人川の字で、アゴが外れそうに笑っていました。すると・・・ゴロがチンとお座りしながら「くぅ~~ん。くぅ~~ん」とこちらを見て鳴いています。
「ん?ゴロどうしたん?」
長男「お母さん、水無いんじゃない?」
母「さっき替えたよ」
次男「きっと寂しいんやわ」と「ゴロ来い」と言うと、嬉しそうに走りよって
次男の横に腹ばいになって寝転びました。||||この状態で寝転び、スマホを見ながら笑っていますと・・・ゴロも嬉しそうに尻尾を振って次男が笑うと次男の顔、長男が笑うと長男の顔・・・また次男の顔、長男の顔・・・キョロキョロしながら眺め、自分も並んで寝転んで嬉しそうに笑っているように思えました。
「笑い声」「笑顔」は言葉の解らぬ動物までも引き寄せる事が出来るのだと思いました。

さて・・・・続きをお話します。
多くの書き込みをありがとう御座います。世間にはもっともっと母親との確執に苦しんでおられる方はいっぱい居られると思います。
私も・・・自分を愛せるまでに約36年。
母を許せるまでに、約46年の歳月を要しました。
思えば長い年月です。でも・・・虐待のトラウマは確実に打開できる事を身を持って知ったんです。私の経験をお話することで、私と同じ苦しみを受けた方が、一日も早く闇から抜け出して下されば嬉しいです。
私が・・・・完璧に母から受けた虐待のトラウマを打開できたのは、
カウンセリングを受けた訳でもありませんし、お薬を飲んだ訳でもありません。この人生の流れの中に道標がいっぱいあったからです。
それは・・・・「善き人との出逢い」
そして・・・「見えぬ世界の守護」
この二つを無くしては・・・・今の私のお幸せは無かったと思います。

「虐待の連鎖について・・・」
なぜ・・・母は私を虐待したのか?そんな事はいくら考えても解る事ではありません。でも・・・4年程前、私は自分の守護神に問うた事があります。「母はなぜ私に辛く当たったのか?」
その時、目の前に走馬灯のように・・・・見えた光景・・・・。
母は前世、私の夫でした。いつも暴力を奮い暴れていました。・・・その日も刀を持って「殺してやる」と追いかけて来たのです。私は、幼い子を連れて逃げていますが、追いつかれ・・・子供を小屋に押し込み、私は夫の刀を奪い取り、今世母となる、夫を惨殺しました。
前世など、誰にも見せて説明できませんし、科学的に証明できない事ですから、嘘を言おうが本当であろうが・・・無責任な世界です。
でも・・・悪の業がこの世に災いとして現れるならば、私に見せて下さった母とのカルマは・・・事実なのかも知れません。
私に前世殺された母は、この世で私を産み落とし、母となり、私への「復讐の悪業」として表したのです。
思えば・・・母は「悪業」「陰業」をこの世で切ることが出来なかったんだと思います。前世・・・自分がなぜ妻に惨殺されなければならなかったのか?を死に際に省みる事が出来なかった・・・だからこの世で私に復讐しようとしたのかも知れません・・・でも時空を超えた母の復讐は、決して自分がこの世で幸せに生きれるものではありませんでした。
私が幼い時は虐待を加え、晩年は私をがんじがらめにするほどの依存をした母が・・・・晩年私に吐いた言葉です。
「お母ちゃんの人生は、生まれてから一度も幸せはなかった・・・」
私が見た前世が嘘か本当かは・・わかりません。でも・・・・
過去からの逃れられない「悪業」であれ・・・この世でわが子に「虐待」を加え続けて生きて来た者の人生は、救いようのない無間地獄である・・・・それだけは、母の姿を見続けて来た私の思う事です。
自分の幸せは・・・与えられたこの人生の深い御縁の者を慈しんでこそ、愛しんでこそ・・・・得れるものです。
私は・・・母の姿を見て、自分の子供には絶対にしない。自分が欲しかった母の愛を・・・子供が生まれたら溢れるように・・・注ぎ込んでやりたい・・そう思いました。でも・・・・その小さな決心が、私が過去世から持ち続けた「悪業」を切れた要因だと・・・今は思います。
母となった者は前世の悪業を切る為に・・・子を慈しみ、慈しみ御育てしなければならない、そしてリングしてくる「悪業」を自分の代で切断する役目も担っているのです。虐待の連鎖を止めるのは・・・虐待を受けた人しか出来ない大役なのです。
これは私が思う事ですがもしかすると、「悪業」は神様が「許す事」を人間に教える為に与えた「善業」なのかも知れません・・・・。この世で起きた事を過去に流し、許せる事ができたなら「虐待の連鎖」など無い・・・私はそんなふうに思います。

「自己愛、自尊心に目覚める方法」
上記の美和さんもやはり自己愛が欠落してしまっているんだと思います。
肉体を傷つける事だけが、自傷行為ではありません。拒食もそうですし、
また過食もそうです。自分を「心の病気」と思うのもそうです。買い物依存症も・・・動こうとしないのも全て自傷行為です。
自己愛・自尊心に欠けてしまっているのです。
でも・・・この自己愛・自尊人に欠けている人は周りから見ると「とても良い人」です。なぜかと言うと・・・「自分が犠牲になっていれば周りが丸く収まる・・・・」と思い込んでいるからです。かつての私もそうでした。「あんじゅちゃんは優しい。思いやりがある・・・」とみんな言ってくれましたが、それに幸せを感じた事は一度も無かったんです。私にとって他人に親切にしたり、人の嫌がる事をするのは「自己犠牲」と言う自傷行為だったからです。
これは・・・「率先して人の嫌がる事でも引き受けて、凛とした姿勢を見せる態度」と似ていますが・・・まったく違います。
1、「他人の犠牲になろう」 2、「自分の凛とした姿勢を見せよう」とでは、してることは同じですが・・・そこに働く波動が陰と陽で全く真逆です。
皮肉ですが1は不運を招き、2は幸運を招くのです。
とても頑張り屋さん。優しく朗らか、人の嫌がる事を率先しする・・・ところが不運で生気の無い人は1の方です。親の虐待を受けた方に非常に多いと思います。
私は・・・この自己愛に目覚めたのはサンサポの社長に出会った時からです。彼女は難病を抱えていましたがその生き様が光輝いていました。
前向きで、多くの人脈を集める不思議な女性です。その彼女が私に言ったんです。
「あんじゅちゃんさぁ~~しんどくない?そんな生き方?他人の為にそこまでしなくていいよ。そんなんシャッター閉めや。あんたのしてる事は優しさと違う・・・・優しくし過ぎたら人は駄目になるねんで。あんたが犠牲を払っても誰も感謝なんかしない・・・それどころか今度してくれなかったら文句言うで。本当の優しさは自分の考え、自分の思いをはっきりと述べる事、自分さえ我慢したらとか、自分が犠牲になれば納まるとか・・・間違ってるよ。ほんまにあんたは優しい・・・でも自己愛や自尊心が欠落してる。
もっと自分を愛して、自分を尊敬することがで来きたなら・・・あんたの優しさは凄いものになる。もっと我ままで良い。相手にいらん気は使わなくて良い。自分を愛して・自分の素晴らしさに気づき。あんたは凄い。訳解らんほど凄い」と言ってくれました。初めて「我がままを言え」と言われました。母に「お前は生きていてもくその役に立たんのやから、お母ちゃんに尽くしといたらええねん。わがままは許さん」とずっと言われてきたのに・・・「もっと、もっとわがままを言っていい」彼女はそう言って私に言霊を飛ばしてくれました。でもなかなか自分を愛する事、自分を尊敬する事が難しい
彼女の生き方を見ると、彼女は自分への褒め言葉を決して否定しませんでした。私との大きな違い「社長・・・今日も綺麗なぁ~~」と言われたら、今までの私はきっと「そんなことありません。肌も汚いし・・・」と否定的な言葉を吐いたと思います。でも彼女は・・・
「ありがとうなぁ。自分も今朝、鏡見て天海祐希が立ってんのんかと思ったよぉ」決して相手の褒め言葉を否定しませんでした。お礼を言って、自分の美しさをアピールするのです。不思議ですが、彼女を否定する人は誰も居ませんでした。
彼女の周りの明るく素敵な人は彼女に引かれ近寄って来るのです。
自分を愛し、尊敬しながら生きれる人の周りには、自分を愛して、尊敬してくれる人が集まる・・・私は彼女を見て気づきました。
それからの私は変わったと思います。他人に対する表現は全く変わってはいませんが、思想が180度変わったと思います。
自分が犠牲になればいい・・・そんな考えは止めました。
誉められたら「ありがとう」と言いました。
鏡を見て「自分は厄病神ではない・・・こんなに美しい」と言いました。
いつの間にか・・・彼女と生きる事で私の中に「自己愛」「自尊心」が芽生え「自己犠牲の優しさ」ではなく「自分表現の優しさ」を相手に向けれるようになりました・・・その結果、なにが起きたか・・・今までは「相手の要求」「不運の訪れ」でしたが、「相手の感謝」と「幸運の訪れ」に明らかに変わって行きました。今まで通り他人様には同じ行動をしていたにも関わらず、思想を変え、自己愛と自尊心に目覚めてからは、その現象がまったく違い幸運の訪れが多かったです。虐待を受けて育った人は、この「自己愛」「自尊心」に早く気づいてください。自分を愛せない人は・・・子も。まして他人など愛せないのです。

「許せる自分になる・・・」
私は母が亡くなってからも・・・・母にされた事をふとしたきっかけで思い出しフラッシュバックして髪の毛が逆立つ位の怒りがこみ上げて来る事がありました。恨みや憎しみが過去に流せない・・・自分がいつまでも居たんだと思います。でも今思うと・・・そんな意味の無い陰の思いを流せないから、不運続きだった・・・とも思います。
念珠師のなる前・・・まだ訳も解らずこの仕事を始めた頃の事です。「阿朱さんのブログ」とは別にブログを持っていました。そこに・・・ふと・・訪れた在家のお坊様がいました。私はその方との出逢いで大きく人生の進路を幸福へと変えた・・・と感謝しています。最初・・・念珠が欲しいといらっしゃいました。静岡で食事をしながら決めたい・・・との事でしたので伺いました。
住職さんは私と母の確執は・・・ブログを観てご存知だったようです。
「あんじゅ・・・貴女は立派な思想をお持ちだし、厳しい幼少期を過ごされましたが、悪の道に走らず凛と生きる素晴らしい女性と思います。ただ・・・石を他人様にお譲りするには・・・相当の根性がいります。
時には、相手の誤った思想を折り伏せ、正道に導かなければならない事もあります。諭し叱咤激励しなければならない事もあります。魔に恐ろしい思いをする事もあるでしょう・・・貴女は恐らくそれは乗り切る事が出来るでしょう。ただ・・・・貴女に一つお話したい事があります。
貴女はお母さんを許せない・・・・その許せぬ自分の怒りに翻弄され、苦しんでおられます。お母さんを許しておあげなさい」
私は「このくそ坊主・・・何言うか・・・私がお母ちゃんにされた長年の苦しみがお前に解るか・・」と心の中で思いました。
「貴女のお母様は誰にも真似のできない菩薩の母です」
私はムカッとして「なんで?なんでそんな事が、私の母を見たことが無いあんたに解るねん?私の母は鬼ばばぁやったわ」
「そうではありません・・・母と言うものは娘が可愛い。慈しみ、愛しみ、美しく御育てし、自分の愛情を全て注ぐのです。そしてやがて孝行してくれる幸せを受けたいと思うのが普通です。
でも・・・貴女の人生を思うと私にも貴女にも見えぬ事ですが、過去貴女は多くの悪業を重ねた業の深い生命なんです。ともすれば・・・貴女は自分の子を虐待し苛め抜いたかも知れません。ところが貴女のお母様は、
自分が身を持って、恐ろしき、恥ずべき・・・母であらずの鬼の姿をわざわざ・・・貴女の為にお見せになった・・・ともすれば貴女がなっていたのかも知れない愚かな母の姿を自分が犠牲になり悪業深い貴女に見せて下さったのです。「お前は決してこんな母になるな・・・子を愛せぬ母になるな・・・哀れな、愚かな母になるな・・・」貴女のお母様は貴女の為に鬼の姿になって貴女の未来を救いに来て下さったのです。だから・・・今貴女は自分の子に虐待を加えてりしないでしょう。他人が見上げる素晴らしい母ではないですか?貴女のお母様は菩薩の母以外の何者でもない・・・
お母様を許しておあげなさい。お母様を許す事、それが・・・お母様との悪業を断ち切る最後の貴女の役目です」
私は「この野郎・・・・」と思いましたが食べていたうなぎ定食の上に大粒の涙がこぼれ落ちました。拭っても・・・・拭っても・・・・零れ落ちました。
私は大きな深呼吸をして言えました・・・・やっと、やっと46年かかりましたが言えました。
「お母ちゃん・・・私を生んでくれてありがとう・・・・」
その言葉を吐いた瞬間・・・・猛スピードで母と生きた人生が目の前を流れ去りました・・・・過去はもう無い・・・そう思えました。
母を許せた一瞬だったと思います。
親に虐待を受けた子はなかなか親を許す事ができません。もしかすると「なんで許せる?私は無理」と言う方もおられると思います。
でも・・・この「許せる自分」になる事は、虐待を加えて親の為では決してありません。お子様に恵まれた人は「虐待の連鎖」を起こしません。
親への憎しみ、恨みは幸福への道の大きな妨げでしかないのです。
自己愛と自尊心に目覚めたなら・・・もう一段階上がって下さい。上がれます。「許せる自分」へ・・・・。
住職さんが「貴女は近未来、凄い念珠師にお成りになるでしょう。精進なさい。
ただ・・・貴女が今お作りになっている腕輪は念珠とは言いません。
念珠とは・・・・」と言って、お弟子を取って教える事を私に全て教えて下さいました。どうすれば・・・パワーが出るか?他とは違う・・・守護念珠の作り方全てを・・・・。
突然現れ・・・・突然去られましたが・・・・今私が念珠を結べるのは、彼との出逢いがあったからだと思います。

続く・・・・