上には上がいるって
努力したって適わない奴がいるって
そんなの、とっくに知ってた。
頑張れば出来るとか
そんなの嘘だって
大人になる前から知ってたんだ。
「あんたが『Wizard』なの?」
隣に座った眠そうな顔をした男に問いかける。
男は俺をちらりと見てから、ふにゃんと笑った。
「お前が『Joker』なんだってな?」
へらへらと笑うその顔を思いっきり睨みつけてから、目の前に置かれたお茶のペットボトルを転がした。
コロコロと転がったそれは、テーブルの端までいって、そのまま躊躇わずに床に落ちる。
その瞬間にドアが開いて、目だけは笑っていない笑みを浮かべたオッサンがペットボトルを拾って俺の前に置いてから、ゆっくりと目の前の椅子に腰掛けた。
「……選択肢はほかにないんでしょ?」
「悪い条件じゃないと思うがね?これから先の学費も免除だ。ご両親も喜ぶだろう?」
学校帰り、無理矢理黒塗りの車に乗せられて、上から目線であれやこれや話されるのは腹が立つけど。
ちらりと横を見たら『Wizard』はもともと丸い背中をさらに丸くして、口を尖らせながら目の前に置かれた書類を見ている。
俺も視線を目の前の書類に戻して、日本語なのに意味のわからない文字が並ぶ文章を目で追うことにした。
「……いいよ、これで」
不意に聞こえた声に、弾かれるように顔を上げて横を見る。
「協力してやる。けど、5年だ。その後は仕事として引き受ける。そんで、コイツも同じ条件だ」
「いいだろう」
「ちょ……なに勝手に……」
『Wizard』がじろりと俺を睨む。さっきまでとは違う鋭い眼差しに驚いて、口を閉じた。
オッサンが差し出した紙にサラサラとサインをするその手が、やたらとキレイだなって思いながら、俺も差し出された紙とボールペンを手に取った。
「あんた、どこ住んでんの?てか、ここどこ?」
サインした紙を置いて、家まで送るとかいうオッサンの申し出を無視して外に飛び出した。
俺より数歩後ろをのんびりと歩いてくる『Wizard』を振り返る。
「あんた、じゃねぇ。大野智」
「は?」
「名前」
ぽつりと呟いて、立ち止まった俺の横を通り過ぎようとしたそいつの腕を咄嗟に掴んだ。
射るような視線に、声が出ない。
次の瞬間、またふにゃんとした笑顔になって、さっきの綺麗な手が俺の手にそっと重なった。
「かずん家の隣の駅だよ」
「え?」
「俺ん家」
「なんで……」
「調べりゃ分かんだよ。お前、まだ詰めが甘いんだよ。だから、俺と一緒にいろ」
重なった手が熱い。
負けたって思うのが悔しい訳じゃない。
どう頑張ったって、どうにもならないことがあるって、そんなのとっくの昔から分かってた。
「おおの、さん……」
「智でいいよ」
「さとし……」
「なに?」
「……俺……いつか、アンタをぶっ潰す」
きょとんとした顔をしてから、『んはははは!』って、腹を抱えて智が笑う。
「うん。楽しみにしてるよ」
くしゃって俺の髪の毛を撫でた後、『ほら、帰んぞ』って伸ばされた左手を なんで俺は躊躇いもなく掴んだんだろう。
「……かず?」
「懐かしい夢、見てた」
無意識に伸ばしていた俺の手を握って、至近距離でふにゃりと笑うその笑顔は、記憶よりも少し、男らしい。
「智と初めて会った時の夢」
「初めて会った時のかず、可愛かったなぁ」
「今じゃすっかりおじさんですもんね」
「そんなこと言ってねぇだろ。今でも可愛いぞ」
「バカじゃないの」
んふふ、と笑った後に急に真面目な顔になる。
「なに?」
「誕生日、おめでとう、かず」
「めでたくもないけど……」
「素直にありがとうって言え」
最初からわかってたんだ。
この人には適わないってことくらい。
最初から、知ってたんだ。
見つめあって笑いあってから、近づいてきた唇にそっと目を閉じた。
おしまい