「色々ありがとうございました」
「ご馳走様でした!お気をつけて!」
支社長が乗ったタクシーに頭を下げて、頭をあげると同時に櫻井さんがネクタイを緩めた。
「大丈夫ですか?」
「なにが?」
「かなり飲まされてませんでした?」
「相葉くんもだろ」
「俺、結構強いんで」
「じゃあ、付き合えよ。昨日、舌噛んだとこ、もう大丈夫なんだろ?」
『まだいけんだろ?』って、俺の肩をぽんと叩いて、櫻井さんが歩き出す。
ホテルとは反対方向に進むその背中を慌てて追いかけた。
「……あの、櫻井さん?」
「明日、なんか用事ある?」
「いえ……ありませんけど」
「じゃあ、明日はのんびり帰るんでいいよな?
うまい酒、飲み直そ?あぁ、あったあった。ココも安くてうまいって友達のオススメの店」
さっさと暖簾をくぐって、空いていた一番奥の席に櫻井さんがドカッといつもより乱暴に腰掛けて、生ふたつ!って叫ぶようにオーダーした。
直ぐに届いたジョッキをカチンと合わせて、冷えたビールを喉に流し込んでから、2人で盛大にため息をつく。
支社でのミーティングは無事に終わって、今日中に東京に帰るという俺たちを どうせ明日は休みだろって支社長が引き止めて、部長に直電して、ホテルにも延泊の申し込みをしてくれたお陰で、支社長が満足するまで一緒に飲んで……
仕事はできるし、悪い人ではないけど……
「しつけぇんだよ、あのオヤジ」
ぼそっと呟いた櫻井さんの声に、吹き出した。
「櫻井さん、娘の婿に欲しいって言われてましたね」
「毎回毎回言うんだよな。結婚してるっての、俺は」
何がいい?ってメニューを渡してくれた左手の指輪。分かっていたことなのに、その言葉にも、鈍く光る銀色の指輪にもモヤッとする。
「奥さんとラブラブなんですか?」
「は?」
「結婚って、どうですか?」
「え……」
なんで、そんな困ったような寂しそうな顔するんだろ
そういえば昨日も、奥さんとって言ったら変な顔してたし
カッコよくて、優しくて、仕事もできて……カンペキな櫻井さんでも上手くいってないことがあるのかな?なんて……興味本位なのか、何を期待してるのか、自分でもよくわかんないけど。
「困ったな……」
いつもは凛々しい眉毛をへにゃっと下げて、櫻井さんが首の後ろを掻いた。
『変なこと聞いてごめんなさい』って、謝るなら今だぞって思う、のに……
髪の毛をぐしゃって握って、『うーん』って唸ってる櫻井さんが、何か言おうとしてる、から……
俺にだけ、何かを話してくれそうな気がしてる、から……
最初のひとくちとは比べ物にならないくらい、ゆっくりとジョッキを傾けた。
ふふって、ため息なのか笑い声なのかわかんないくらいの小さな声がして、顔を上げたら櫻井さんが俺を見て困ったような顔で笑う。
「相葉くんが何を期待してんのかわかんないけど……」
初めて見たその顔に、肺が握り潰されたみたいに息が苦しくなって、慌ててネクタイを緩めた。