櫻井さんの唇がジョッキから離れる。
……さっき、俺が飲んだやつ。
俺はさっき、右手でジョッキを持って、ビールを飲んで。
それで今、櫻井さんも右手にジョッキを持って、ビールを飲んでた。
まさにそこ。
そこにさ、俺の口がついてたと思うんだ。
ってことはさ、がっつり、ばっちり間接キスって、やつじゃん???
……って、何考えてんの、俺。
回し飲みなんて、よくやるじゃん。
なんで間接キスとか言っちゃってんの?俺。
で、なんで櫻井さんの唇を見つめたりしちゃってんの?俺。
だってなんかさ、櫻井さんの唇ってエロい。
ぷっくりしてて、柔らかそうで、キスしたら気持ちよさそうって思っ……
「ぬぇ?!」
自分の考えたことにびっくりして変な声が出て、慌てて口を抑えた。
びっくりした顔で俺を見た櫻井さんが、俺の肩を、ぽん、と叩いて櫻井さんが立ち上がる。
「帰ろっか?この時間ならスーパーもまだ開いてんだろ。相葉くんがなんか食えそうなもん、買って帰ろ」
「え、でも……」
「友達のオススメは全部食ったし、明日の打ち合わせの資料の確認もしないとだしな?」
スマートな仕草で伝票を持って立ち上がる櫻井さんについて慌てて立ち上がる。
「いくらでした?」
「え?いいよいいよ。俺に付き合ってもらったんだし……それに相葉くん、大して食えてないだろ?」
『まだ痛む?』って自分が痛いみたいな顔をして聞いてくれる櫻井さんって、本当に優しい。
そんな櫻井さんに、エロいだのなんだのって、俺ってどうしようもないな……って、軽く自己嫌悪。
「じゃあ、次は俺、払います」
「次の次、な?次は快気祝いだからさ」
こっちに大きいショッピングセンターあるみたいって、いつの間に調べたのか、こっちこっちって迷いなく歩いていく櫻井さんの少し後ろについて歩く。
さらりと『次』と『次の次』の約束もしちゃったけど、いいのかな。
社交辞令の可能性の方が大きいって事くらいわかってるけど。
「ルームサービスにするべきだったかなぁ」
ゴージャスな部屋のテーブルの真ん中に置いたスーパーのビニール袋を見て、櫻井さんが苦笑する。
「いやいやいや!じゅうぶんですよ!そういうオシャレなやつは、奥さんとしてくださいって!男ふたりでって、逆に悲しい感じしません?」
櫻井さんの眉毛がへにゃって下がって、それもそうだなって笑う。
……笑ったんだ、けど……
なんか俺、余計な事言ったかな……
なんかその笑顔が切ない気がして。
「乾杯しましょ?」
「え?コレで?!」
スーパーのビニール袋から、買ってきたコーヒーとカフェオレのペットボトルを取り出して、櫻井さんに渡す。
本当ならもっと飲みたいとこだったけど、明日は支社との打ち合わせもあるし、舌も痛いし……
「はい、かんぱーい」
「あはは!マジか!かんぱーい」
ペットボトルのフタをコツンって合わせたら、櫻井さんが楽しそうに笑ってくれた。