「何をもって『家族』とか『夫婦』とか『結婚』ってするのかっていうのはさ……人によって違うって言っても、ある程度は一般的な概念があるじゃない?」
静かなトーンで話し始めた櫻井さんの言葉を、一語一句聞き逃さないようにって、背筋を伸ばした。
「……うん、まぁ……それでもやっぱり、俺のとこはちょっと違うなって思うんだけどさ」
そう言って一度唇をぎゅって尖らせてから、また櫻井さんが口を開く。
「奥さんさ、俺よかワーカホリックなんだよね」
「……え……」
櫻井さんよりワーカホリックって、相当やばいんじゃね?って思った俺を見て、ニヤリと笑って『相当だろ?』って櫻井さんが呟く。
「だからさ、家に帰ったって奥さん居ないんだよね」
「……はぁ……」
胸の奥の方がザワザワして、やっぱり興味本位で聞いちゃダメなやつだったじゃんって、居心地が悪くなって、もぞもぞとおしりを動かして座り直した。
「なんのために一緒に居るんだろって思ってさ……なんでこの人と結婚しようって思ったのかとか、わかんなくなっちゃったんだよね」
静かにそう話す櫻井さんの顔は穏やかなのに、ちくちくと胸が痛んで、名前も顔も知らない櫻井さんの奥さんに、怒りにも似た感情が湧いてくるのはどうしてなんだろう。
奥さんには奥さんの事情だってあるかもしれないし、もしかしたら、櫻井さんにだってなにか問題があるのかもしれない、けど……
「最後に触れたのは、最後にちゃんと話したのはいつだったかなって……お互いのことには干渉しないってスタンスで、最初はすごく居心地よかったんだけどさ……ふと気がついてみたら、干渉しないどころか、無関心ってことなんじゃねえの?って」
『あはは』って、笑ってんだか笑ってないんだかな声を上げた櫻井さんに、ココロがぎゅうって音を立てる。
『別れちゃえばいいじゃん』って、喉まで出かかった言葉をビールと一緒に喉の奥へ流し込んだ。
やっぱりこんなの、俺が聞いちゃいけないやつだったんだ。
だって、俺が聞いたところで何の役に立てる訳でもなくて……ただただ、櫻井さんのいつもとは違う表情に、ちくちくちくちく胸だけが痛んでいたたまれない。
「店長おすすめサラダと串焼きセットお待たせしましたぁー!お飲み物おかわりいかがっすかー?」
今じゃねぇだろってタイミングで無駄に元気のいい店員が料理をテーブルに置いて、櫻井さんと俺を交互に見た。
「一番うまい日本酒、持ってきて!1番たっかいやつ!」
そう言った記憶は、確かにある。
あるんだけど、そのあとがどうなったかなんて、覚えちゃいなくて。
ただただ、櫻井さんを連れて帰らなきゃってそんな使命感ですっかり酔いも覚めたのが、店から一歩外へ出た時だった。
「櫻井さん、もうちょっとだからね!」
「うぅーん、だいじょぶ、だいじょぶー」
「全っ然、大丈夫じゃないでしょ!」
「だぁいじょぶだってぇー。相葉くんは優しいなぁ」
すっかりできあがっちゃった櫻井さんを支えながら、ホテルの部屋のドアをなんとか開ける。
「おやすみなさぁーい」
さっきまでのグダグダ加減はどうしたんだよって言いたくなるスピードで、櫻井さんがベッドに飛び込んだ。
「ああっ!ちょっと!靴靴靴!スーツも脱がなきゃ!」
慌てて靴を脱がせて、ネクタイに手をかけたところで手首を掴まれて止まる。
「櫻井さん……?」
掴まれた手首が熱いのは……櫻井さんの体温が酔って高くなってるから。
それ以外に理由なんてあるはずないのに。
「……ありがと」
ふわりと幸せそうに笑った櫻井さんの笑顔に、俺の心臓は自分でもびっくひするほど大きな音を立てた。