「ウチ、全席禁煙ですけど」
「え?あ、はい。大丈夫です」
ドアを開けた瞬間、近づいてきた店員に じろりと睨むように見上げられて驚いた。
それ、アウトだろ。客に対する態度じゃないよな?
「じゃ、お好きな席にどうぞ」
そう言い残して、さっさと店の奥へ戻る猫背気味な背中を呆然と見送ってから、端っこの席に座った。
「どうぞ」
俺の前に水の入ったコップを置きながら、さっきの店員がニヤリと笑う。
「もう俺、帰るんで。あとは店長がやりますから」
「は?」
客に帰ります宣言とか、ありえないんですけど、マジで。
カウンターの奥に向かって『まーくん、客』って言っているそいつの背中を眺めながら、店長とやらにひとこと言ってやらないと、と身構える。
「なにしてんのよ。お客さん待ってるよ」
さっきとは声のトーンが変わったそいつが、カウンターの奥に消えていく。
あの店員の態度以外は、そんなに悪くないな、と観葉植物が沢山置かれている小さな店内をぐるりと見回してからメニューを開いた。
「俺の好きなもの、たくさんあるな……」
メニューの文字を眺めていたら、急にお腹がすいてきた気がして苦笑する。
「お決まりですか?」
頭上から優しく降ってきた声に顔を上げた。
文句言わなきゃって思ってたのに、俺を見下ろして微笑んでいるその人に、喉まで出かかった言葉はそのまま消えていった。
真っ黒なキラキラした目。
茶色くてふわふわの髪。
「……どこかで会ったこと……ある?」
「僕、ですか……?」
驚いた顔をしたその人に、慌てて顔の前で手を振った。
「あぁ、ごめんなさい。なんでもないです……えっと、オムライスのサラダセットで」
「コーヒーか紅茶がつきますが」
「食後にホットコーヒーでお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ふわりと花が咲くように笑ってから、ぺこりと頭を下げて、カウンターの向こうに戻っていく。
『どこかで会ったこと、ある?』なんて、ダサいナンパみたいだろって自分に突っ込んで、急に恥ずかしくなって両手で顔をごしごし擦った。
指の隙間から見えたカウンターに立つその人の姿に、手を止める。
やっぱり、どこかで会ったことがある気がする。
どこで会った……?
ふと顔を上げたその人と目が合った瞬間に、グラスの中の氷がカランと音を立てた。