一瞬、何が起きたのか分からなくて、なんで松本さんの顔がこんなに近くにあるんだろ?って思って、離れたぬくもりにはっとした。
「ッ!!!何すんだよ!」
「あれ?もしかしてハジメテだった?」
慌てて松本さんを突き飛ばして、手の甲で唇を拭きながら松本さんを睨みつけた。
そんな俺を見て、楽しそうに笑う。
「悪ぃ悪ぃ、まさかハジメテだとは思わなくてさ。マジでチェリーくんだったんだ?」
「だったら、なんだよ」
「いや、いいんじゃね?今のは事故って事でカウントなしで」
人のファーストキス奪っておいて、カウントしなきゃいいとか、わけわかんねぇ。
「ふざけんじゃねぇよ。なんなんだよ、アンタ」
「いいね、その目」
急に真面目な顔になって、松本さんが言う。
「お前なら、出来んのかもな」
「は?」
「何が違うんだろうな、お前と俺と」
「はぁ?全然ちげぇだろ!俺はお前みたいなスケベ親父じゃねぇっての。誰彼構わず色気振りまいたりキスしたりなんてしねぇからな!」
「そりゃあなぁ、チェリー少年には出来ねぇよなぁ、やりたくても」
「うっせぇ!」
持っていたタオルを松本さんに向かって投げつけた。爆笑しながらそれを受け取った松本さんが、お前気に入ったわってウィンクする。
「だいぶむくみも取れたみたいだな。来いよ、服、選んでやる」
「要らねぇし」
「要らなかったらオークションにでも出したらいいだろ。J'sの最新コレクションだ。結構いい値で売れるんじゃねぇ?」
「バカにすんじゃねぇ」
「してねぇよ。人の好意はありがたく受け取っておけ」
またエレベーターに乗り込んで、今度は下へ向かう。
「なぁ。俺なら出来るって何のこと?」
「は?」
「さっき、言ったじゃん」
「そんな事言ったっけ?」
松本さんがおどけた顔で答える。聞き間違いじゃなかったはずだ。確かにそう言った。
松本さんがまたぐいっと顔を近づけるから、反射的に後ろへ下がる。
「今度はオトナのキス、してやろうか?」
「なっ……」
背中が壁にぶつかって、完全に逃げ場をなくした。
松本さんが壁に手をついて俺を見下ろす。
「いくらでも教えてやるよ。その先も。お前なら抱けるわ」
「ばっ……ばっかじゃねぇの!」
松本さんの腕の下をすり抜けて、開いたドアから店に飛び出した。