76.77話の辺りです
「異常があったら、すぐ知らせてくれないと...なんのためにモニターしてんですか」
ニノが呆れたような、怒ったような顔をして、言う。
「...ごめんって、そんな怒んなよ」
こっちにはこっちの、事情ってもんが、あんだよ。
あんなの、見て、すぐにお前を呼ぶ勇気なんて、おれにはねぇよ...
「次からはちゃんとしてくださいよ?」
少し、怪訝そうな顔をして、じろり、とおれを睨んだニノに『はーい』って、返事をして、培養室へ向かう。
「あ...ニノにカメラのこと伝えてあんのかって、確認すんの、忘れたなぁ」
誰にともなく呟いて、翔くんのいる臓器培養スペースに向かった。
ノートパソコンに向かっている翔くんの背中と、培養ポットに浮かぶ、脳が見える。
たくさん、培養した臓器の中で、唯一、育った、脳。
この、脳の中に...ヒトのすべてが詰まっている。
記憶も、心も、すべてが、ある。
臓器の中で、1番弱いと言われている、脳。
けれど、そこにある、記憶や心は、驚くほど、強い。
翔くんとしばらく話した後に、肝心な話を切り出した。
「話変わるけど、相葉くんは、マサキのこと、覚えてる?」
「マサキの、こと?」
「そう、マサキのこと」
「覚えてるよ」
「そうか………。分かった」
「智くん?」
「所長のところに行ってくる」
不思議そうな顔をする翔くんに短く返事をして踵を返す。
たぶん、覚えているだろうと、思っては、いた。相葉くんが記憶をなくすなら、マサキに突き落とされた前後からになるだろうと...
おれが、ここにいる意味って、なんだ。
臓器培養スペースを出たところで、潤に声をかけられる。
なにか、を言い淀む、潤。
マサキはこの先、どうなるのか...そう、思ってんだろ?
このまま、閉じ込めたままで暮らすのか?って...
「潤が何を考えているのか、分かっているつもりだよ」
「大野さん………」
「ちょっと、考える時間をくれ」
「……………はい」
潤をその場に残して、所長室へ急いだ。
おれは、何をするべきなのか。
そんなの、決まってる。
選択肢は、ひとつ、だろ?
所長室のドアをノックする前に、中から『開いてるぞー』って、声が聞こえて、ドアを開ける。
「おぉ、来たな。で?どうなんだ?」
デスクに身を乗り出して、笑う、所長の瞳が...
紫色に、光った。