カラ松兄さんが死んだ。

僕もまだよくわかっていないけど、確かに兄さんは死んだんだ。

 

どうやら例のごとく、カラ松ガール(そんなものいるわけない)を探して街を歩いている最中だったらしい。

ヤク中かなんかの異常者の運転する車が歩道を歩いていた兄さんの正面から突っ込んだらしい。

そんで、死んだ。

あっけなく、死んだ。

心臓が動くを止めるまでもなく、全身強打の即死だったらしい。

 

そうしたら、だれが一体あの兄さんを救ってあげるのだろうね。

 

 

おそ松兄さんやチョロ松兄さんはなにか声をかけていたようだったけど、僕には一松兄さんの顔を見る勇気きさえもなかった。

この世の終わりのような、いや、この表現さえも陳腐なほどにひどい顔をしていたんだろうとは思う。

顔を見るどころか声だってかけることができた他の二人の兄さんに比べると僕ってホントに甘ったれなんだなあなんて。

十四松兄さんはどちらかというと僕みたいな感じだった。

っていうか、こういうときは弟じゃなくて兄の出番なんだよね。だからってわけじゃないけど、触らないほうがいいと直感的に感じた。

 

もともとはまじめだった一松兄さんが知恵の輪もびっくりの屈折具合になり始めたのは中学高校の6年間を過ごしてのことだ。

ただでさえ多感な時期に・・・まあそうだね、損、をしすぎたせいでこんなにもひねくれてしまったんだ。その屈折具合を完全にほどくことができたのはいつも一松兄さんからうるさいや黙れとかの言葉と物理的な暴力を振るわれていたはずのカラ松兄さんだった。

 

つまり、好きだったのだ。

 

一松兄さんはカラ松兄さんのことが。

僕だって一松兄さんもカラ松兄さんも好き(普段は恥ずかしいから全然言わないけど)だけど、それとは別の意味で。

 

すなわち、ラブ。

 

さらにはさらに神の悪戯で、あ、なんかこれカラ松兄さんっぽくて痛いけどほんとにこんな感じでカラ松兄さんも、一松兄さんのことがラブだったらしい。

 

そんなこんなで、二人はめでたくカップルになった。

 

同性で同姓の恋なんてもはやこれは異常じゃない?って思ったりはしたけどまあその程度で外野の四人は受け入れた。まあ兄弟には幸せになってほしいからね。まあ、うん。

 

それから一松兄さんの屈折具合はマシになった。あの当時は正直僕だって当事者をぶん殴りたいほどだったけど、だんだん柔らかくなっていくのが分かった。

いうまでもなくカラ松兄さんの功績だ。

 

 

それなのに、カラ松兄さんはそんな一松兄さんをほっぽいて一人お先に逝っちゃいましたってこと。

 

 

葬式があっという間に終わった。骨になったカラ松兄さんを見たのは正直堪えた。っていうか泣いた。おそ松兄さんもチョロ松兄さんも十四松兄さんも泣いてた。一松兄さんはー見てない。だから分からない。

 

そして職のない僕らはまた同じ朝…普段よりは少し静かだけど。を迎えた。

 

 

 

「僕はお前がうらやましかったんだよね」

 

その意外な言葉に俺は拍子が抜けた。これから目の前に座っている男、すなわち二つ下の弟、が話す内容が全く分からなかったのだ。ここは息をひそめてその言葉の続きを待つとしよう。

 

そう思って目の前の人物をじっと見つめていると、目力が強すぎたのか照れくさそうに口をもごもごしている。意外とかわいいとこもあるんだな、なんてひっそりと思っておく。

多分しゃべりづらそうにしているのはそれだけじゃない。元来この男は話すことを筆頭に自分の内側をさらけ出すような行為がとっても苦手なのだ。ここで俺が誘導すれば話してくれるが、それではこいつが本当に伝えたいことを伝えられないまま終わってしまうかもしれないので、俺は黙って見つめ・・・いや、目をそらした。

 

「高校んときさ、僕たちがどう見分けられてたか知ってる?」

 

ますます俺の疑問はさまよっていくばかりだ。

 

「いや・・・よくわからんがどうせ十四松は野球部のやつとか、そんなもんだろう?」

 

言い忘れていた。いきなりで信じがたいと思うが俺たちは6つ子なのである。コピペでもしたのかというほどそっくりの顔ー一言でいえば一卵性六つ子だ。しかもそろいもそろっておんなじ小学校、中学校、高校へと進学していったので、クラスメイトはさぞかし見分けずらかっただろう。

 

「おそ松兄さんは『フッツーの顔の下ネタ大魔神』」

 

あいつそんな呼ばれ方をしていたのか。初めて聞いた。それにしてもよく聞いているものだなあ。さすがマイブラザーだ。

 

「お前は『眉毛の濃いクソイタい演劇部』」

「俺そんな風に呼ばれていたのか。知らなかった。」

 

そういうと心底信じられないといった体で目の前の弟は俺を半開きの目をみひらいた。

 

「は?こんなん日常的に言われてたじゃん。松野の見分け方って。これ有名なはずなんだけど。・・・・・そっかお前が知るはずないよな、多分俺とトド松くらいしか知らないからほかのやつには言うなよ。」

 

目の前で疑問が解決してしまった弟を見て俺はますます?を思い浮かべた。それほど不思議そうな顔をしていたのだろう、弟は口を開いた。

 

「これがほぼ悪口なのはわかるよね?トド松は良くも悪くも情報屋だったし、俺は教室の隅で一日中寝てるようなゴミだったから分かったの。オッケー?!」

 

なるほど納得だ。

 

「んで、チョロ松は?」

 

「あいつは目つき悪い童貞ドルヲタ」

 

 

 

 

 

力尽きました

 

 

 

 



深夜。寝れなさすぎのあまり彼はいらいらしていた。布団の中にはいて何時間経ったのだろうか、全く眠くないから困っていた。万年寝太郎のごとく、何時間だって眠れることを自負しているこの彼が、布団に入って何時間も寝れないままでこうしていることはとても珍しいことである。しかもその彼に声をかけてくれる兄だって今はぐっすり夢の中である。彼は何度も兄を起こそうとしたのだが起きないし、途中から悪い気がしてきてついにやめた。


体をずらして時計を確認してみると、短針が2と3の中間くらいに位置しているのが見えた。
眠くなるどころかますます目がさえていくばかりである。


ついにしびれを切らした彼は布団から静かに抜け出してベランダを開けた。寝れないときにはそこに行くのが彼の中での決まりであった。まあそれほど行く機会はないわけなのだが。

彼が思っているよりも外は静かで、空気は冷たかった。七月といえども梅雨時で、夜に降った雨のせいで街はまだ湿っていた。外の空気を彼は吸い込んだ。いらいらしていたあの気持ちが吐いた空気と一緒に消えていった。とても穏やかな気分になった。

ふと彼は空を見上げた。星が出ていた。何かを思い出したのだろうか。彼の目には星の光だけではない輝きが映っていた。










あ、あれ。待てよ。



何か大切なものを彼は忘れていることに気が付いた。


太陽系から金星が抜け落ちたとか、宇宙人か侵攻してきたとか、それほどまでに重要なことであったはずだが、それがなんなのかは脳みそを振り絞って、脳髄を穴から出したとしても思い出せなったのは明白であった。

その記憶だけがきれいさっぱりなくなっていた。

はてどうしたものか。彼は言いようのない焦りを感じていた。
必要なものがなければ誰だって焦るのと同じである。
彼は必至でその日の出来事に神経を集中させた。



あの日俺は何をしていた?


彼が記憶をさかのぼる。



と、そこでもう一つ重要なことに気が付いた。



その日の記憶自体もなくなっていたのだ。




もちろん彼の記憶力のせいではない。学生時代から彼は兄弟の中では(世間一般的に見ても)記憶力のいい方であったし、その日の前の晩の夕飯だって覚えているのである。
でもその日の記憶だけが彼にはなかった。
朝起きたかどうかすらも思い出せなくなっていたのだった。




タッタッタッ...



道路を駆け抜ける、そんな音がする。



ここはどこだろうか。

その問には誰も答えない。




答える者もいない。




そのはずだが。



____誰?




幼い声がした。





ここに人なんているはずないのに。




____あなたは誰なの?




少女は言った。




幼い声はこう答えた。




____


ピッピッピッピッピピッピピッ...

狙っていたかのように朝を告げる音が鳴る




目覚まし時計をがしょんと止めた


少女は夢の記憶を一欠片たりとも覚えてはいなかった。