弟ができた。
再婚した母親の旦那になった人が連れてきた奴は目付きの鋭い同じ歳の男だった。
可愛くない
第一印象はそれ。何が面白くないのか俺の事を睨みつけてくる目は可愛げの欠片も無い。嫌でもこれから共に暮らしていかないといけないのだから、愛想くらい振りまけばいいものを。そう思った。
「翔、潤くんよ。仲良くしてね」
母親にそう言われたけど正直向こう次第。この年齢で今から仲良しこよしなんて余程気が合わない限りは無理。
「よろしく」
だけど母親と父親になる人からの期待を裏切りたくなくて出した手に
「……潤です。……よろしく」
目の前にいる男が意外なほど素直に手を伸ばし握ってきたから驚いた。
転校を余儀なくされたのは俺だった。それに関しては仕方ない。父親になる人が建てたばかりの戸建てに越すことは決まっていたし、今まで母親と暮らしていた家に未練は全くなかったから。
「翔君と潤、隣の部屋になるけど良いかな?」
父親になる人は俺に対して遠慮気味。それも俺にとってはありがたいことだった。急に家族面されたら戸惑ったと思う。それに比べて息子の方は相変わらず。素直なんだかそうじゃないんだかよく分からない。
「じゃ、俺こっちで」
だけど、そう言って多少なりとも知っているはずのこの家の、彼が選んだ部屋よりも残った俺の部屋なる方が日当たりも良くて広かった。
会話らしい会話はあまりなかった。母親と父親は幸せそうに肩を寄せ合うから何となくリビングには居づらくて。だから必然的に部屋に篭もる。俺と同じ心理なのかは分からないけれど、同じように部屋に篭もる弟の隣の部屋からは流行りの曲がよく聞こえてきた。
「なんか疲れたな」
隣から聞こえる曲と共に、鼻歌なのか弟になった男が口ずさむメロディーが聞こえる。何故かそれが聞こえると気持ちが楽になり、眼鏡を外し机から移動してベッドに転がればそんな日はよく眠れた。
「うわっ……、あ、ごめん」
悪いことなどしていないのに、脱衣所で一緒になった弟は謝罪の言葉を口にした。しかも焦るように。だけど歯を磨く彼の横に後から来て服を脱いだのは俺。男同士、それも兄弟になった奴へのその辺の遠慮は必要ないという判断からそうしたけれど、彼にとってはもしかしたら嫌な事だったのかもしれない。
「こっちこそごめん。今度から気を付ける」
時間をずらせば解決する話。彼がいる時に入らなければ良いだけ。だからそう思って深い意味もなく言った言葉だったんだけど。
「あ、違う。全然、違くて。ごめん、なんか……照れた」
そう言ってこちらを見ないようになのか背を向けて壁の方を向く。
「何?照れてんの?何に?」
「あ、いや、違う、ごめん。入っちゃってよ、風呂」
後ろから見ても耳が赤い。その原因はどうやら俺らしい。何も考えずに服を脱いだのが悪かったんだろうかと考えるけど、一般論として俺たちくらいの年齢の男が同年齢の男の体を見る事への抵抗は無いと思うんだけど。
「なんなら一緒に入る?」
赤くなっている奴に対して意地悪だったかもしれない。でも可愛いと思ってしまったからつい。
「は?」
初めて聞くこの低めの声は怒っているんだろうか。隣の部屋から聞こえてくる歌声とは全然違う。
「兄弟だし別に良くない?時間短縮」
それなのにまた。赤面の理由にカマをかけるわけでは無いけれど、可愛いと思ってしまった弟の見た事のない一面が見れるような気がして言った言葉に首まで赤くする。
「な、何言ってんだよ、急に。ダメ、でしょ、そんな……」
「ダメってことないだろ」
「ダ、ダメだよ、ほんとに。もういいから、早く風呂入っちゃってよ」
一体全体何に対する抵抗なのか。まだこっちを見ないこの男はどんな言葉を掛けたらこちらを見るんだろうか。
「眼鏡……」
「え?」
「眼鏡は?」
「眼鏡?」
「風呂入る時は外すの?」
何を言われたんだろうと思った。少し考えて、そこまで目が悪いのかという事を聞かれたんだと理解して答えた。
「外すよ。つーか、もう外してるけど。俺、そこまで目悪いわけじゃないから」
そう答えてから数秒だったと思う。
「あ、やっとこっち向いた」
何が理由だったのかは分からないけれど、赤い顔をしたまま振り返った彼は俺の顔を真っ直ぐに見た。
告白してきたクラスメイトへした返事が正しかったのかは今も分からない。明るくて楽しくて性格も顔もいい。恋愛が男女である必要は無いと前から思っていた俺がその告白へ了承した時に浮かんだのは、あの日脱衣所で俺を見た時の弟の顔だった。
それを何故か払拭してまで付き合うことにした男はその日の内にテンションそのまま俺の事を抱いた。
それが別に嫌だった訳では無いし後悔も無い。体を交じわせば気持ちはよく相性も良かったと思う。
「……やるって……何を?」
昼休みにその男と弟が話すのが聞こえた。弟の声はやばいくらいに怒っている。短い言葉が怖さを増す。さぁ、どうする?このまま見守るか否か。
「相葉くん、ごめん。これ俺のペンケースに入れちゃってた」
だけどこのままなら多分キレる。そう思って無理やりに入った会話はさらに弟を煽ったかもしれない。今日も来れる?なんて言う彼の言葉は、俺を今日も抱きたいんだという意思表示にしか聞こえなかっただろうから。
「潤」
名前を呼んだのは初めてだった。今まで何故か呼ぶ事が出来なかった。だけどそれはお互い様。
「顔、やべーぞ?そんなに嫉妬するなら早く手出してこいよ」
わざと茶化して薄く笑って言った俺の言葉に、一瞬で泣き顔に崩れた弟の顔がめちゃくちゃに綺麗だった。
眼鏡 裏
終わり