彼 1 | 櫻葉で相櫻な虹のブログ

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記憶の中にいる彼は、とても綺麗でとても妖艶。




甘い声も透き通るような肌も、オレに触れられて捩る身体も全部。




名前も知らずにたった一度だけ。




どちらから誘ったのか。その記憶は定かでは無い。ただ、あの人とのその時まで一度も男との行為を考えたことのなかったオレからという事は考えられないと思うけど。





『男とやるの初めてだけど、いい?』





だけど彼は確かにそう言った。本当なのか嘘なのかは今となっては分からないし確かめようもない。どちらにせよ彼の身体に即興奮状態になったオレはその言葉に物凄く喜んだ。こんなにも綺麗な人の初めてが自分なんだと言うことが単純に嬉しかったんだと思う。











「……どうしたの?……朝も……なんて」





あの日から男しか抱けなくなった。それまではそこそこ女に不自由したことは無かったというのに。





「ダメ?」





本当ならあの時の彼の身体を抱きしめたいと思うのに、彼の行方をオレは知らない。ほんの少しの情報も無い。たまたまあの日、飲み屋で隣になっただけの人だったから。





「ダメって、事、無いけど……」





彼の記憶を辿るオレの身体は嘘みたいに簡単に欲情し反応する。その処理をするためだけに一緒にいる相手がいる事を最低だと分かっているのに。






「じゃ、いい?」




「いいけど……手加減してよ?」




「手加減?」




「ん、だって凄いんだもん。僕の身体壊さないでね?」






例えば、この男の返事がNOだったとしてもオレは抱いた。それをわかっているから肯定の返事をしたんだと思う。どうせどんな返事をしてもやられるんだし、と。じゃないともう会わないと簡単にオレが言う事をわかっているから。






「身体が壊れる?……知らないし」





この男の体が壊れても別に。する時も顔が見えないように後ろからするか、布団を顔に被せながらヤるのはいつも。あの日の彼によく似た男を抱くことが出来ればベストだとは思うけどあんなにも綺麗な男は彼以外にいないと言うことがこの数ヶ月、いや、一年は経ったか、でわかった。それならせめてもとあの彼と似た体型の人間を選ぶようになっていた。






「ねぇ。また、会ってくれる?」





やる前につまらない事を聞かないで欲しい。身体の相性が良ければまた会うし良くなければもう会わないと決めている。だけどこの男とはまずまずで、何回か共に朝を迎えているんだから尚更。






「今は黙ろうか」





だけどそれに対して返事はしない。この一回がもしかしたら最後になるかもしれないし、それは分からないから。だからそう言って男の顔に布団の端を掛け潤滑の為の液体を大量に使って即、欲を満たすためだけの行為を始めた。










「ねぇ、また会える?」





やった後にまた言うこの男に仕方なしに返事をすれば嬉しそうにするけれど。だけどそれはまずまず、だからと言う程度。特別良いかと聞かれれば肯定はしない。あの日、たった一度だけの肌は、それ以降に抱いた誰とも違う。サラサラなのにそれでいて瑞々しい。頬も胸も背中も足も腕も、身体のどこ場所に触れてもそうだった。







「また連絡するよ」




「番号、やっぱり教えてくれないの?」




「……ごめんね?」






やる目的しかないから会うのはいつもド派手なホテル。彼を抱いた時もそうだった。なぜそんな場所にしたんだろうと記憶を辿れば、飲んでいた場所からいちばん最初に目に入ったところだったから、というのが理由だと思い出す。今もし彼と会えたなら、こんな下品なところではなくて、ものすごく夜景の綺麗な一流と名の付くホテルを選ぶのに。






「連絡、待ってるから」





そう言う相手を残したまま部屋を出るのはいつも。一緒に出る事はない。





「ん」





入る時もそう。別々。そして自分のテリトリーから遠いところを選ぶ。微かにすらない可能性だと分かっているのに、もし誰かとこんなホテルに入るところを万が一あの時の彼に見られてしまったら、という思いがオレの中にあるから。








「……何やってんだろ、オレ」





こんなふうに誰かを抱いて部屋を出る瞬間に思うのはいつだって彼の事。ふわふわとした髪が汗で濡れ襟足や額に付くのも綺麗だと思った。白く透き通る肌に触れただけで跳ねる身体も、オレが広げた足に恥じらう表情もものすごく良かったんだ。






「……ヤバいんだって」





欲を吐き出してきたばかりなのにまた。オーバーラップするあの日の彼との行為が身体を熱くさせるのは、困る事なのに身体も脳も喜ぶ。






「……真面目に探してみるかな」





そう思うけど不可能に近い。並んで飲んでいたあの日、旅行中なんだと彼は言っていた。要するに自分のテリトリーの中にはいないという事。どこで暮らしているのかも誰と暮らしているのかも知らない彼を見つけることはほぼほぼ不可能。





「……無理だよな、やっぱ」





なぜ連絡先を聞いておかなかったんだろうと悔いたのは彼と一緒にホテルを出てすぐ。





『また……会える?』





オレの言葉に困ったように薄く笑った彼は、そのまま振り向くことは無かった。