あの日からちょうど1週間。先週の金曜の仕事が終わって職場のあるビルから出た瞬間だった。
『櫻井さん、少し良いですか?』
そこまで親しいわけでは無かった相葉から呼び止められてきっと仕事の事だろうと思った。それしか接点がなかったから当然。
『大丈夫だけど、どうした?』
ほぼ同期。だけど部署も違うからお互い呼び方も敬称有りで。敬語が良いのかタメ口が良いのか、それすらも分からないほどの距離だった。
『突然ですみません。あ、あの、オレ。……櫻井さんの事が好きなんです。オレと付き合って下さい!!』
凄く衝撃だったし聞き間違いかとも思った。だけど冗談とかふざけてだとかは不思議と思わなかった。
『え……?俺、であってる?』
『ほんとすみません、急で。驚きますよね。で、でもオレ、櫻井さんの事が頭から離れなくて、ずっと』
『いや、ごめん』
『……ですよね』
『あぁ、そっちのごめんじゃなくて』
『え?』
『1週間待って。1週間考えさせてほしい』
この日から始まった1週間は、自分の人生の中でもかなり濃い1週間だったと思う。
1人の人間の事をこんなにも深く考えたことはない。ましてや自分が好きになった相手ではなくて自分の事を好きだと言ってきた男の事を、だ。
そして今日、その返事をすべきなんだと思う。当の相手は体調不良から復活を遂げたらしく、清々しい顔をしながら出勤しているのをビル内でたまたま見つけた。
だけど声はかけなかった。彼の部下のあの女が相葉を見つけて嬉しそうに駆け寄るのを見てしまったから。俺が声を掛けるのは違う気がしたから。
「おはようございます」
「おはよう」
週末。変わらない1日が始まる。明日からの連休に多少の浮つきはみんなにあるかもしれないけれど。
「櫻井さん、ここ見てもらっても良いですか?」
「あぁ、これは……」
いつもの通りに仕事をこなしていく。別に今日が特別な一日ではないんだと自分に言い聞かせるように。
「櫻井さん、すみません」
今日は相葉がいるのに何故。昼も近い時間にたまたま出た廊下で話しかけてきたのは相葉の部下で今朝も相葉に駆け寄っていたあの女だった。
「どうした?相葉はもう出勤してるだろ?」
だから俺には用はないはず。俺ではなく相葉に聞けば仕事のことは全部できる。だから別件なのかもしれない。なんて思ったんだけど違った。
「あ、あのっ……お、お昼一緒に……ダメですか?私、あ、あの時から、櫻井さんの事……好きなんです!」
上目遣いで見てくるけれど俺は冷静そのもので。全く心も何も動かない。それどころか今朝まで相葉に懐いてたのに何を考えているんだか。
「申し訳ないけど昼は約束がある。そして君の気持ちには答えられない。例えばそれが本気だとしても」
では失礼、とその場を立ち去ろうと背を向けた瞬間にその女が呟くくらいの声で言った。
「相葉先輩の事が好きなんですか?」
さっきまでの声はどうした。随分と低い声が出せるんだなと関心すらする。普段もその方がまだ聞こえやすい。
「……だとしても君には関係ない」
「関係あります。昨日、見ました。先輩の住むマンションに入っていく櫻井さんのこと」
なるほど。そんなストーカーみたいな事をするくらいに相葉のことが好きならば告白でも何でもすれば良いものを。
「それが何か?」
「え?」
例えば友人としてだとしても同僚だとしても、好意を持った相手だからだとしても
「別にやましいことなどない。見られて困るようなことはしていない」
俺が相葉と会う事をこの女にとやかく言われる筋合いはない。
「でも先輩、今日凄く機嫌が良いんです。いつもよりずっと。見たこともないくらい。だから櫻井さんがきっと関係してるんだと……」
相葉の機嫌の良さが本当なら昨日したキスが原因だろう。あの後のテンションの高さは凄かった。
「そう思うなら思えばいい。知りたいなら相葉に聞けばいいだろ。俺の事を好きだと嘘をつく必要なんてないのに」
「先輩には、……もう言いました。ずっと前から何回も」
「へぇ。で、相葉はなんて?」
「無理だって。ごめんって……でも諦められないんです。先輩、櫻井さんのことばかり褒めるから、だから」
逆恨みか。別に今に始まった事でもない。こんな事があるのは昔も今も。恋愛でも仕事でも。だからって男相手に女にされるとは思わなかった。
「あれ?2人で何してんの?」
怖いくらいのタイミングで現れた相葉がいつものテンションで声をかけて来たのは良かったのか悪かったのか。
「あぁ、ちょうど良かった。この人がお前のこと好きだって」
もう知ってるらしい情報なんだから別に言ってもいいだろう。
「うん、そうみたいなんだよね。でもごめんね?オレ好きな人いるからさ。ってこの返しも何回目って感じだけど」
そう言って少し笑う相葉が一瞬だけその女の方に目を向けた。
「先輩、その好きな人って。……それって櫻井さんのことですか?」
怖いこと聞くなよ。いくら相葉でもさすがに言わないって。同じ会社の直属の部下に同性の同僚の事が好きだ、なんて。
「そうだよ。告白の返事今日貰うんだ。ね、そうだよね?」
って言っちゃうのか。まぁ、それが相葉らしいと言えばそうなのかもしれない。
「覚えてたか」
そして相葉はもう、女の事を1ミリも見ていない。相葉が今見ているのは俺。俺だけ。だって今相葉が欲しいのは俺からの返事だけ、なんだから。
「もういいですっ。勝手にしてくださいっ」
どうやら俺たちのこの空気に耐えられなかったらしい。そりゃそうだろう。逆ギレに近い状態で走るように女は去っていったのは賢明だとすら思った。
「あーあ、彼女怒っちゃったよ?バラされるかもよ?いいのー?」
「別に。悪いことしてないし」
さっきの女のとは違う意味で強いな。バラされたら会社に居づらくなるかもしれないと言うのに本当に平気そうにしている。
「それより返事が欲しい。今日の事考えると昨日は全然寝れなかったんだから」
俺の次は相葉が眠れなかったなんて笑ってしまう。理由は全然違うけれど、根本はお互いがお互いのことを考えの事なんだと思うと余計に。
「分かってんだろ?もう」
だけど俺もはっきりとわかった。さっきの女からの嘘の告白には即返事ができたのに、あの日相葉からの告白に即答出来なかったのには理由がきっとあったんだ。
「それってオレでいいってこと?」
「ばーか。お前がいいんだよ、俺は」
「マジ?やった!」
「ばか!ここ会社だぞ、離れろ!」
テンションが上がって抱きつく相葉が可愛いと思う。嫌がるオレの態度は、今ここが会社の中だから。もしここが違う場所なら対応は絶対に違っていただろう。
「抱きつくのは後でな?お前、寝不足なんだろ?仕方ねぇから今晩一緒に寝てやるよ」
そう。俺の明日からの1週間はきっと
「マジ?ほんと?!今日からずっと一緒に寝てくれるの??」
「ばーか、毎晩なんて言ってねぇし。ずっとなんて、ンなの無理に決まってんだろ」
「ヤダヤダヤダ!無理じゃないよ!毎日一緒がいい!」
「ったく仕方ねぇな。……ならお試し1週間って事でどうだ?」
「お試し1週間??」
「嫌なら別にいい」
「嫌じゃない!めちゃくちゃいい!!それでお願いします!」
今までとは全く違う1週間になるんだと思う。
「1週間」
終わり