出社して自分の仕事を黙々とこなす。
中日の今日だって同じ。
頼られることは嫌いではない。人の世話をする事もそう。人付き合いも嫌いではないけれど、1人で物事を考える時間も必要で。
「櫻井さん、今日の昼メシ外でどうっすか?」
だから若い子に誘われる事も少なくはないけれど、大体の場合は仕事が残っているからと言う理由をつけて断っていた。
「パスタ以外なら付き合うよ」
だけど今日はどうしたんだろう。自分で返事をしたくせに即後悔する。だけどもう断れる状況にはない。数人の部下達はもう、何を食べるかという話題で盛り上がりを見せている。
「決まったら声掛けて」
その様子を横目に、そう言ってまたパソコンに目を移す。昼までに終わらせたい仕事があって、それは早急に始めなければならない。
それなのにどうしても集中ができない。
理由はひとつ。
もしかしたら今日も相葉は社員食堂で俺の事を探すかもしれないと思うから。またナポリタンの乗ったトレーを持ちながら。
約束はしていないから別に。そんな事は分かっている。
だけど癒しにも思えるあの笑顔を見ることが出来なあのは寂しいような気もしないでもない。
『今日は昼、外に出るので社食にはいけない』
このままでは終わらせたい仕事も終わらない。そう思って入れたメールの返事は昼が過ぎても来なかった。
そんなもんだよ。別に約束なんてしていないんだから。たまたま、ほんとにたまたま2日連続で一緒に食っただけの話。
それなのに何を勘違いしたんだか。相葉が今日も自分を探すような気がして入れたメールは意味の無いものだった。
「櫻井さん、少し良いですか?これなんですけど……」
違う部署からわざわざ。顔も名前も分かるけれど自分との接点はほぼない。そんな彼女が何故?
そうは思うけれど、何かしらの用事があるんだろうと彼女の手元にある書類に目を通した。
「これって、相葉のだろ?」
「そうなんです。これ、相葉先輩と一緒に進めてる案件なんですけど」
「だよな」
「それが今日、先輩体調不良でお休みで」
話を聞けば、休みの報告と共にこの件で不明なことがあれば櫻井に指示を貰うように、と指示されたらしい。
「なるほど。了解。えぇ……これは……」
仕事を休むくらいだから恐らく相当なんだろう。休みの連絡だけして寝込んでいるのかもしれない。
「ありがとうございました!なるほど、そっかぁ」
「大丈夫そう?」
「はい!大丈夫です!」
それならさっき送ったメールは見てないのかもしれない。返信が来ないのは恐らく寝込んでいるから。
「お役に立てたなら良かった」
「本当に助かりました。相葉先輩が言っていたように櫻井さんってなんて言うか……めちゃくちゃ素敵ですね」
理想の上司って感じです、なんて言われて喜ばない人間はいないと思う。だけど彼女のその一言よりも俺は、相葉が俺の事を人にそんな風に言っていたことの方が意外だった。
「相葉がそんな事を?」
相葉が俺の事を人に話す事自体は嬉しいかもしれない。告白という案件はひとまず置いておいても、人として褒められると言うことは嬉しいしありがたい。
「はい。よく言ってます。優秀で誰にでも優しくて、って」
「それは有難いな」
「先輩の言っていた通りですね。本当にいつも聞いてるので初めてお話した感じがしませんでした」
随分と親しいらしい。仕事中にそんなに俺の話題が出るなんて考えられない。部署だって違うし、そもそも告白された事すら俺には疑問すぎるくらいに疑問。それくらいにそこまでの接点が今までに無かったんだから。
「相葉と仲良いんだね」
「そんな!そんなことないです!ご飯とか行くくらいです!私から誘わないと行くことは無いですけど。でも先輩もめちゃくちゃ優しくて素敵で……」
早口で相葉の良い所を次々とあげていく。その一つ一つは全部納得で。数日しか知らない相葉という男の裏表のない性格が、だから一緒にいて嫌ではないんだと気付かされた。
「良い奴なんだな」
「はい!もうすっごく素敵なんです。顔もめちゃくちゃ好みで……」
ここまで言ってどうやら我に返ったらしい。
「すみません!雑談でした。失礼します!」
足早に去る後ろ姿は、彼女が相葉に気があるという事が瞭然。話している時からの言葉の高揚も染まる頬の色もそう。この女は相葉の事が好きなんだ。
「……あんな子がいるなら俺なんていらねぇだろ」
あんな風に相葉の事を想う人は沢山いるだろう。恐らく今の女だけではない。だから別に俺の事を好きでいる必要なんて無い。
それに、こんな時に相葉の事を心配する女なんて売るほどいるに違いないと思うのに。
『体調不良だと聞いた。必要な物があれば持っていく』
あの日の告白がもし本気なら、このメールに返事が欲しい。他の誰でもなく弱っている時だからこそ自分を頼って欲しい。
『ポカリ、お願いします』
速攻できた返信には、欲しい飲み物の他に相葉の自宅の住所が必要も無いのに郵便番号から書かれていた。