『映画、面白かった。奢り、ありがとう。』
たったこれだけの文字を送るのに一時間以上を費やしてしまった。だけど仕方ない事なんだと自分に言う。だって彼相手に初めてする連絡なんだから。
だけど一時間以上を費やした文字への返信はなかなか来ない。待つ時の時間は長く感じるもので。それを分かっていたから気を紛らすために出たジョギングは俺的に正解だった。
「そろそろ帰るか」
小一時間くらい走っただろうか。リフレッシュという意味でも正解で。帰ったら温いシャワーを浴びて昼間からビールを呷るのも悪くないかもしれない。
「よし、ラスト」
そんな事を考えながら自宅のあるマンションまで残りの距離を少し早めに走った。
『こちらこそありがとうございました。凄く楽しかったです。今日、もしお暇なら昨日のお礼にお食事でもいかがですか?』
帰宅して直ぐにメールをチェックをしたのは正解だった。これを気付かずにいたらシャワーの後で即ビールの缶を開けていただろう。
『夕飯?』
短い返事にはすぐに既読が付いて彼からもまたすぐに連絡が来る。
『夕飯でも昼飯でも。もし可能でしたら準備が出来次第って言うのはどうですか?ちなみにオレ、今起きました……』
通りで返信が遅かったわけだ。って、別に待っていた訳では無いけど。ただこの男はきっと俺からの連絡にはできるだけ早く返事を寄越してくるだろうと思っただけで。
『なるほど、了解。俺はジョギングから帰ったところなので今からシャワー』
『凄い健康的!それなら同じくらいに支度できるかなと』
『オッケ。では準備が出来次第また連絡します』
了解です!と言うスタンプが送られてきたのを最後だと確認をしてシャワーのために浴室へ急いだ。
「2日連続で会えるなんてラッキーです、オレ」
昨日とはまた違う私服姿は嫌いじゃない。俺より高い身長も小さな顔も長い手足も、バランスが尋常じゃなく良くて隣を歩くのが恥ずかしいくらいに思う。
「会社では毎日会うだろ」
「それは別問題。会うって言うか一方的に見るだけだし。それに私服の櫻井さん見るのだって昨日が初めてだったし」
今日もめちゃくちゃ可愛いです!と言われて、それは褒め言葉ではないと言い返す。
「え!めちゃくちゃ褒めてますよ?その袖とかまさかわざと?狙ってます?」
「袖?狙い?あぁ、ちょっと最近痩せて、サイズ緩くなったから、かな」
全然気にしていなかった。昔は流行ばかりを追っていたけれど、最近ではそのこだわりはもう無い。だからといってこの袖は問題だな、と少し反省をする。
「痩せたの?なんで?」
「歳だから」
「ふふ。まさか」
「まぁ、正直な事を言えば最近彼女と別れまして」
時間ができたのでジョギングやらトレーニングやらを始めたら痩せた。って言おうと思ったんだけど。
「ごめんなさい……」
「え……?何?」
「櫻井さん傷心ですよね…」
そう言われても実は全然で。むしろ別れを告げたのは俺の方だからそんなに申し訳なさそうにされても困る。
「いや、それは違くて。俺から別れたから」
「え?そうなの?なんで?なんで別れたの?」
「普通に性格の不一致?」
そこまでハマれなかったってのが一番の理由な気もするけれど。それも含めて性格の不一致という言葉は非常に便利だと知る。
「オレならめちゃくちゃ大切にするのに」
「あぁ、分かる。そんな感じ。彼女になったら幸せだろうな」
「彼女……ね」
「いないわけ?」
「いたら告白してませんって。まぁ、いた事はありますけど。昔ですよ、大昔」
「大事にしたんだろうなぁ」
殆ど知らないこの男だけど、何故かそう思う。この男と付き合ってきた女達は幸せだったに違いないって。
「彼氏も大切にしますよ?オレ」
真面目な顔でそう言ったと思ったらテーブルの上のグラスを手に取って一気に飲む。
「ここは何でも美味いから、食べましょ!」
店員さーん!と大きな声と大きなジェスチャーで呼んでから彼が頼んだメニューはどれも、俺の好みの物だった。