少しだけだと言われたのに欲深いオレがそんなことで諦めることはなく。
「ねぇ!学校行ってみようよ!」
急に出した提案に櫻井君が渋い顔を見せる。
「マジで言ってんの?」
「え?ダメ?行きたくない?べつに中に入ったりとかはしないからさ」
外から見るだけだから!と半分嫌がる櫻井君を半ば強引に押し切った。
「こんなんだったか」
やっぱり懐かしいな、と言う櫻井君が着いて早々エンジンを止めて車から降りようとする。
「ここから見るだけで良いよ?」
中まで入らないからと来てもらった手前、車内から見るだけで充分。そもそもでそのつもりだったし。
「んー、でもせっかく来たし。降りようぜ」
どうやら髪のことよりも懐かしい気持ちの方が勝っているらしい櫻井君が、シートベルトを外して車のドアを開けた。
「オレさ、ここから見てたんだよね」
「何?何見てた?別に普通に校庭しかないけど?」
「ふふ天然だよね。それともわかってて言ってる?」
「え?分かってねぇ。って、天然?俺?」
「ふふ、そうだよ?櫻井君の事に決まってんじゃん」
あの頃この場所で、今みたいな綺麗な色の髪を靡かせて友人たちと楽しげに笑う櫻井君の姿をオレは気付けば探していた。
「まじ?でもさ、ここからじゃよく見えなかったんじゃない?」
確かにそう。だけど、近くに行く勇気はオレには無かった。自分の感情が何であるのかもわかっていなかったから尚更にだったのかもしれない。
「そうだったかもね。でも、あの時のオレはこの距離でしか見れなかったんだよね」
もっと近くで見たかった。だけどあまり近くで見てしまったら、櫻井君だけじゃなくて周りにいる人にもその事に気づかれるかもしれないとオレは怖かったんだ。
「なら納得」
「納得?何に?」
「目が合わなかったことに」
俺もめちゃくちゃ見てたからさ、と櫻井君が校庭を通り越して校舎を見ながら言う。
「俺はもっと近くから相葉君の事を見てたって事。ってこれだけだとかなりキモイ事言ってる感じだけどな」
真顔でそう言った櫻井君が、フェンス越しに見る校舎の多分あの頃のオレたちがいたであろう教室を指でさした。
「相葉君は俺の事なんて全く見なかったよ。見てなかったって言うのは目が合わなかったってことね。だから嫌われてるのかなって最初は思ってたんだよね」
他の奴とは意識して見てないのに割とよく目が合ったのに、と言う。
「だけどさ、嫌われる事をした覚えがないから、ただ単純に俺に興味が無いだけなんだろうって途中から思ってさ」
話した事がないのに嫌われる事なんて無いだろ?と言うのは櫻井君のその時までの経験がそうだったんだろう。
「そうなるとさ、めちゃくちゃ興味が出てきたんだよね。この人は何を考えてるんだろう、とか。何が好きで何が嫌いなのか、とか」
それだけが理由では無いけど、と珍しく長く話す櫻井君が呼吸を整えるかのように大きく息を吐いた。
「そんな日々を過ごしてたらさ、ある時思ったんだよ。この人に彼女はいるんだろうかって」
櫻井君の周りの女子がものすごく気になっていた。この中の誰かが櫻井君の彼女になるんだろうと思うと苦しい気持ちになった。だけど、それでも遠くからだけど櫻井君を見ることをやめることは出来なかった。
「遠いか近いかってだけで同じ事やってたんだね、オレたち」
「そうだな」
「遠回りし過ぎちゃったかなぁ」
「いんじゃねぇの?俺たちはそれで」
「そうだね」
その時風が強く吹いた。
櫻井君の金色の髪が風に靡いてすごく綺麗だった。
「ずっと一緒にいような」
靡く髪を直すことなくオレの手を繋ぎ続けてくれる櫻井君といるこの場所は
「今のプロポーズっぽい」
「そうだけど?」
「えっ?!え……?!嘘だろ?!」
「ははは!天然はそっちじゃね?どう考えてもプロポーズだろ!」
「まじか!びっくりした!!息とまりそう!」
「返事は?」
「当たり前じゃん!!!」
あの頃の思い出も一緒に、一生オレたちの中に残る場所になった。
桜色
終わり