ただ感情のまま。
寂しいからだとかひとりが寂しいからだとか、そう言う打算的なものではない。
この人とするキスはきっとものすごく極上だと
手にキスをされた時からきっとオレは思っていた。
軽く触れるだけでいい。そのつもりだった。変に燃え上がって盛るようにヤルのは嫌だった。
だけど入ってきた 舌を拒否できない。拒否どころかそれを追うオレの舌は櫻井君の舌との絡 みにものすごく興奮している。
時々お互いの唇から漏れる喘 ぎにも聞こえるような吐息と、唇や舌の 絡みから出る水の音が広いリビングに響く。自分からだけではないその声や音が耳からもオレを気持ちよくさせた。
「……んっ」
繋いだままの手は緩むことなくそのまま。だけど胸の高さにはもうない。腰に回された手もそのままだけど、密着する体はその手がオレを抱きしめていることを表している。
「……んッ……ん……」
興奮によって脈打つ体が熱くい。熱くなっているその部分を櫻井君の体に押し付けたい衝動に何度駆られたか。
だけどそれはまだ違う。
だけどそれはまだ、このタイミングでは無い。
理性がどうこうとかじゃない。だからと言って会って数回だからまだ、とかそういう事でもなくて。
「……やばいって」
自分はこの人にとって特別な人間であるんだと、オレはそう思いたかったんだと思う。
どのくらいしたのか分からなかった。それは時間も回数も。時々唇を離したオレに気づいた櫻井君が薄く目を開けた。その表情を見ることでもまた興奮した。その目がまだこのキスをやめたくないと言っていたから。
昂る体が痛いくらいに反応した。
キスという行為がこんなにも気持ちが良いなんて。今までのオレの人生では思ったことがなかったな、なんて思うと幸せだった。
「……電話」
鳴ったのは分かっていた。それこそ部屋中に響くように鳴ったから。
「……いい」
キスをやめたがらない櫻井君がそう言うけれど、一度切れた電話はまたすぐに鳴った。
「オレのことは良いから出なよ」
恐らく仕事関係だろう。思えば櫻井君のスマホがオレが来てから一度も鳴っていない。忙しい人なのに。もしかしたら電源を切っているのかもしれない、オレといるから。なんて、また自分の都合のいいように考えた。
何度も鳴る電話に、出て、と何度言っても電話を取ろうとしない櫻井君が
「それどころじゃない」
と、離れた唇の代わりにオレの肩に額を付ける。形の良い後頭部を包むように撫でれば、櫻井君の口から深く息が漏れた。
「……予定と違った」
サラサラな髪の隙間から見える櫻井君の耳が赤い。
「予定?」
「……うん……いや、予定と言うか想定と言うか……」
その赤い耳が物語る事も離れない体の意味も、さっきのオレの話を聞いても軽蔑どころかこうやってするキスの意味も。想像できることはひとつなのに。
「男とのキスなんて気持ち悪かったんじゃない?」
こんな事を聞くオレはずるいかもしれない。
「まさか。……そうじゃない。そうじゃなくて」
「じゃなくて?」
「……俺からしたかったのに」
そう言った櫻井君の耳がさらに赤くなって撫でていた後頭部が熱くなる。自分からしたかった、なんて可愛い以外の何者でもない。
「ふふ。可愛すぎ。……櫻井君、オレとのキス想像してくれたんだ?」
「…………俺ってわかりやすい?」
返事とは言えない返事に思わず笑顔になる。まだ額をオレの肩から離さずに言う声は小さい。その小さい声が聞こえる距離にいる事にも思わず顔が緩んだ。
「そうだね。他のことについてはまだ分からないけど、オレに関してのことは割と分かりやすいかもしれないね」
希望も込めて、そう思いたい。まだ3回しか会っていない。だから他の事については正直分からないことだらけ。だけど、今のこの櫻井君が嘘では無いことは絶対、だと思っている。
「だからさ、可愛いとか言うなよ」
「聞こえてた?」
「聞こえるっつーの。この距離だぞ」
「ふふふ、だって可愛いもん」
わざと、ヨシヨシ、と声に出しながら櫻井君の頭を撫でるオレに
「あのさぁ、前に言ったかもだけど、俺、相葉くんの前では格好つけてたいんだよ……」
なんて言うくせに、オレの腰にまわした手がいつの間にか背中にあってオレの服を握っている。
「なるほど。そういうところも可愛いんだね」
なんてまたうっかり出してしまった声に櫻井君が反論するけれど、オレの肩にある顔はまだ上がらない。
「ごめん、ごめん」
「ったく。可愛いキャラじゃねぇだろ、どう考えても」
ブツブツとつぶやきながらもギュッと音が聞こえそうなくらいにまたオレの服を背中で握る。
「いいじゃん。かっこよくて可愛いなんて最強だよ」
またオレの言葉に反論するくせに耳は赤いまま。照れくさくて顔を肩から離さないんだと分かりながらもどうしても櫻井君の顔が見たくて
「顔、見せて?」
なんて言っちゃったんだけど。
「……なんかすっげぇ恥ずかしいんだけど」
涙が溢れるんじゃないかと思うくらいに潤む目の上目遣いは
「……やば」
オレを煽ってるとしか思えなかった。