母の命日を迎えた。
一周忌法要は終わっていたので、何をするわけでもなく1日が過ぎる。
命日らしいことをするといっても特別な事はないので、母が大好きだったコーヒーを淹れてお供えする。

広島から届いた、とっておきのとても美味しいコーヒー豆を使うことにした。
ドリッパーにお湯をゆっくり回しながら注ぐと、ぽこぽこ音を立てミルにコーヒーの雫が落ちていく、そして芳ばしいコーヒーの薫りが台所を満たしていった。

そういえば、母はコーヒーを淹れるのも好きだった。
自分のためだったり、誰かのためだったり、その時々でコーヒーは緩やかな時間の中で同じように馥郁とした薫りを漂わせていた。
私は、母のためにコーヒーを淹れながら、コーヒーの薫りを楽しんでいた母の背中を思い出す。
母と同じようにコーヒーの薫りを楽しんでいる私、親子は嗜好もよく似るもんだと、琥珀色の雫を静か見つめて内心笑っていた。

ゆっくり時間をかけて淹れたコーヒーを母にお供えする。
仏間には、淹れたてコーヒーのいい匂いがしばらく漂っていた。

なんの変哲もない1日で穏やかに過ごしたと言いたいところだが、困ったことに私がぶっ倒れた。
やれることは全てやった後、目眩と吐き気と腹痛でそのまま床に就いた。
目の手術や持病、それからモロモロの疲れと全部が重なって出た不調だと思う。
連休の繁忙期までには復活したいと思うので、今日も自宅で休みながら仕事をしている。
身体が怠くて嫌になるから早く復活したい。

そういえば、命日に合わせてマスターが母の好きな厚焼き玉子を焼いてくれた。
母が使っていた年季の入った玉子焼き器は、プロにとっても使い勝手がよろしいそうだ。

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私が作らなくていい‼︎というのがこれまたちょっと嬉しい。
プロを旦那にするとこういう時にとっても便利だ。
母の一周忌が無事に終了しました。

私の手術があったので、何の準備もできなくてちょっとだけ心残りです。

親を送る、家族を送る、これはどこの家庭でもある通過儀礼だけれど、それぞれの事情でやり方も変わってくると思います。
きっと時代の流れもある、世代間の考え方の違いもある。
変わらない事があるとするならば、それは送る心。
時が移ろうと人が変わろうと、この心だけは変わらないでしょう。

送る側の気持ちがどんなものであろうとも、実は怨念渦巻くものかもしれない。
それでも、安らかに眠りについて欲しいという、生きている側の勝手な祈りは変わらないと思います。
葬儀も法要も生きている私達の自己満足です。
送りたいという私達の我儘に付き合ってくれる逝った人に感謝して、今日もありがとうと手を合わせました。

私の役目がひとつ終了しました。





無事に一周忌を迎えました。
アッと言う間の一年でした。
昨年の今日、痛みで七転八倒していた母の意識が無くなり、脈が消えました。
1度は父の強い希望で蘇生をしました。
しかし、人工呼吸器に繋がれる事を母は拒否していたので、その後は蘇生を試みることなく息を引き取りました。
心臓の音がしなくなる、本当の心音が聞こえるわけではなく、母の心臓の音は機械から聞こえていたのです。
トクン…トクン……トク…ン
その音がゆっくりゆっくり消えていきました。
私は、その瞬間を忘れる事はないでしょう。
母の逝くその時、私は一滴の涙も出ませんでした。
仕事、家事、店の事、そして父の事、何よりも何年も続いた肺癌との闘い。
私は、涙も出ない程精魂尽き果てていたのでしょう。
負けたくない闘いでした。
闘病とはよく言ったもので、まさしく闘いでした。
本人も私も、そして家族もです。
病気には負けたかもしれませんが、母は人生には負けませんでした。
最期の最期まで闘い抜いた事を忘れません。

余談ですが、人はね、心底疲れ切って深い悲しみに包まれると簡単に泣けません。
泣けるという事は、まだ少しは余力があるのです。
泣ける時は、決して挫けませんから大丈夫。

母の一周忌を無事に迎えられた事に、先ずは感謝をします。
そして、言葉だけのそんな表面の慰めでなく、黙って静かに見守って下さった皆様に心から御礼を申し上げます。
決して私は強い人間ではありません。
無事に1年間を過ごせたのは、言葉ではなく、ただ私の無駄話に付き合って下さった多くの人々のお陰です。
美辞麗句より沈黙が素晴らしいと言いたい訳ではありません。
言葉が必要な時もあります。
疲れ切っていた私にとって、周囲の皆さんが日本人らしいエールを送って下さったことがとても嬉しかったのです。

いつか、これを読んで下さった方が悲しい時、誰かが疲れ切ってしまった時、その人が元気になるまで私がそっと静かに寄り添うことができれば幸いです。


ありがとうございました。