私は編み物をTVを見ながらとかラジオを聴きながらとか、「ながら編み」をすることが多い。旦那さんは
 
「よく別のことしながら編み物なんて複雑そうなことできるねぇあんぐりうさぎ
 
などというのだけど、編み図を見ずに編める程度に手が覚えたものなら、意外に難しいことはない。それに編めるパターンはまだ少ないから、それくらいは問題ないのだ。
 
編み物に限ったことではないけど「ながら」でものを作っていると、その時の記憶が一緒に織り込まれていくようだ。あとで手にとった時に、ふいに作った時のことが思い出されることもある。
前に編んだものをみていると、このはじめのあたりではお相撲見てたっけ・・とか、この時はあのドラマをみてたな、喫茶店の窓から見た風景はどんなだったと思い浮かぶ。さながらレコーディングのようだと思う。
 
さっきまでは、テニスを観ながらパップコーンのお花を編み直していたから、この手のひらの7つのお花には、今年の全豪オープンのナダルとフェデラーの熱い熱い決勝の記憶がまるっと編み込まれている。
 
 
何年先でも、きっと今日観た最高の試合のことはこのお花の中に、何度もよみがえって忘れない。