昨日は映画の日。起きてすぐに

「よし、今日は映画観に行こう!」

と決めて、朝イチの映画をネットで検索したところ、編み物がらみで興味があった『彼らが本気で編むときは、』を見つけた。

バスの時間がギリギリだけど、なんとか間に合いそう。バッグに編み物道具と財布を放り込んで、急いでバス停まで10分。時々駆け足しつつの10分は、結構な運動だ。息が切れる。バス停に着くと、時刻表の予定時間から3分オーバーだった。

 

仕方ない。映画に間に合わなかったらロビーで編み物すればいいかな、などと考えているとブォオンと音をたてて、約5分遅れのバスが到着した。

いつもだったら「5分も遅延か!」と思うところが今は本当にありがたい5分遅れ。息を整えるお時間までもらって、余裕で乗り込むことが出来た。

 

映画は、トランスジェンダーというとても難しいテーマを取り上げたもので、社会の中での性の多様性を考えるものだった。

小学5年の女の子がいて、その母親が失踪するところから始まる。

女の子は叔父とその恋人と暮らすことになるが、その人は元男性で今は女性だ。

 

女の子の母親は、「女性」である自分自身に振り回されている人であり、叔父の恋人は自ら選んで「女性」になった元男性なのだ。

女の子の暮らす社会はマイノリティである存在に対して冷たい。それはトランスジェンダーの人に対してもだし、母子家庭の一家に対してでもある。

 

ある暖かさ、可笑しさ、切なさ、愛情のいろいろな形がよい具合に(映画の中に出てきたお弁当のように)組み合わさって、観ていた人たちが一緒に笑ったり鼻をすすったりしていて、見終わったあとも映画の中の話とわかっているのに

 

「彼ら彼女らが幸せで、生きやすい世界でありますように」

 

と願いたくなるような映画だった。2時間7分の短かったこと。

 

私の友人にもゲイの人がいるけれど、彼らの優しさは傷の深さと表裏一体であることは、なんとなく感じていた。何もなくてもつらいのだ。何かあったらなおさらつらいのだ。

 

映画のあとは、毛糸の買い足しに手芸屋さんへ。

実は先日から編んでいたお花の青い毛糸が足りなくなって、それもあってハンドウォーマー編みに寄り道してたんだけど・・・なんと、既に冬糸はセールで売り場からほぼなくなっていて、無駄足をふんでしまった。

なんてことだ。余裕を持って買うんだった。

ネットだとロットが同じものがあると限らないから、最初に買った店なら安心と思っていたのにぼけー

 

仕方ないのでもっと大型店にいくべしか。明日チャレンジあるのみ。

私の悩みなんてこんなもの、ちいさいちいさい。

 

 

*今日の編みもの*
長編みと細編みのハンドウォーマーです

長編みの練習のために編んでみました
まだまだ寒い3月頭

ちょっとだけ手を守ってもらいます

 

 

*あみものメモ*
5/0号かぎ針 使用糸:藤久 ウィスター洗える合太】

【テキスト:自作】

 

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