おはようございます。😊


今日、6月29日(土)は「九星隠遁始め」


暦に「一白水星」「四緑木星」「九紫火星」などど、誕生日で分かれ、「九星🌟」は、年・月・日・時の全てに一つずつ対応して割り当てられています。その中の「日」と「時」の「九星🌟」が半年に一度、並ぶ順番が反転し、「九星🌟」の回り方が変わり、「気」が大きく変化するのが、本日。並び順が反転する日を「陽遁始め」「隠遁始め」と言います。





先週、夏至を迎えましたが(私、今年の「夏至の日」は、入院4日目&手術後2日目&退院前日でした)、夏至に最も近い甲子の日は【隠遁始め】の日。


今日は特別感がありますね。🎉


今回のタイトルは【「痛み😣」があるから感謝🙏が深まり、人は愛🩷を深く学ぶ】です。


「耳下腺腫瘍摘出手術」の後、10日目の朝を迎えました。気をつけていることは、手術した部分を清潔に保つこと、首を反るような動作は傷痕に対して無理があり、痛みも生じてしまうので、ゆっくり動いたり、なるべく首を動かさないようにしています。お食事の時も口を大きく開けずに、少しずつ食べています。


昨日、お別れを決意した先生から電話☎️がありました。私が無言😑で立ち去るのは失礼かと思い、これまでのことに対して感謝を伝える手紙✉️を、先生不在時にお届けしていたからです。


まぁ、私も、面と向かって苦情を言うわけにもいきませんから、電話☎️の相手がどなたかわかって、電話にでました。(これが最後の精一杯の私の誠意😢)


すると、先日の不手際などに対しての謝罪は一切なく、開口一番「(手術)大丈夫だったでしょ?」と。


空いた口が塞がらなかったです。😤


「何を根拠にいきなり発言されるのか?」


「退院できて良かったわね!という言葉もなくて、ビックリ‼️」


軽く考えすぎ!


まぁ、何も考えていなかった方ですし、何が合併症かも理解しようともしなかった人でしたので、私に「◯◯という合併症は出なかった?」などという発言ができるわけでもなく、私は合併症の有無について答えませんでした。


ただ、痛みはあり、鎮痛剤💊を処方していただいていることは伝えました。


細かく状況を話せば、他の方の時に「こんな人がいてね〜」と話し始める人。守秘義務はないのかしら?


私に「乳がんの人がいてね、取っちゃってスッキリ!」って、言ってたわよ!


こんなことを平気で話すのです。デリカシーもなく、守秘義務もなく、相手の方は先生の前ではそうお話されたかもしれませんが、心の中ではショック😨でまだ立ち直れてないかもしれません。相手の心を思い計ることのできない人なのだと痛感していました。


家族にも電話の内容を伝えたら「ここまでひどい😞人だとは思わなかったね」と。


この件もあって、別れを決断したことは、私にとって本当に良かったと思いました。


そして、身体&心の傷を通して「痛み😣」があるから、「痛み😖」を感じていない時の自分と比べ、いつもの日常に感謝を感じ、その感謝が深まり、「相手を思いやる心って、何だろう?」「相手に寄り添うことって、何?」とか、「愛❤️って、何?」


そんなことを深く、考えるのでした。


究極、反面教師は、そのキッカケをくれた人ですから、本来はその人にも感謝をすべきだとは思っていますが、頭でわかっていても心が追いつかないということってありますね。


相手に「(感じる&受け取る)心がない」人に、何を言っても無駄!だと心底理解したので、感謝を感じながらも、静かに立ち去ります。


今回のタイトルは【「痛み😣」があるから感謝🙏が深まり、人は愛🩷を深く学ぶ】


でした。


ご訪問ありがとうございました。😊