昨日の朝5時50分。






母が、「いま隣の〇〇さんが来てね、次(つぎ)おんちゃん亡くなったって。」






と言って私を起こした。





近所で誰かが亡くなった時は、リレーのようにそれを伝えていくのが私の集落の慣習だ。












次おんちゃんの名前は次男(つぎお)。




次男おんちゃん→次おんちゃんになった。









次おんちゃんは10年ほど前に奥さんを亡くしているが、その奥さんが、私の祖母の母のきょうだいらしい。






次おんちゃんは、奥さんを亡くしてからは息子夫婦とその子供(といっても30過ぎぐらいだが)との4人暮らし。








次おんちゃんの家は直角定規みたいな作りになっていて、向かって右側に息子家族、左側に次おんちゃんのいる離れのようなところがあった。








次おんちゃんの正確な年齢は分からないが、93とか94と言われている。大昔の生まれだから、出生を役場に届けるのが遅れたりして、若干の誤差があるらしい。







ここ数年は免許も返納し、自転車にも乗らなくなった。足を悪くしてからは畑仕事もしなくなったし、ほとんどを家の中で過ごすようになった。








家が近所だということもあり、私は1ヶ月に1回ほど、次おんちゃんにお菓子を作って持っていき、離れに上がって世間話をしたり、お茶を飲んだりしていた。







肩をマッサージしてあげたり、一緒にテレビを観るのが楽しかった。







「お前、先生になれなかったらお菓子屋さんでもいいんじゃないか。なかなか美味い」と言ってくれるのが嬉しかったキョロキョロ








足は悪かったが認知症などを患っているわけではなかったので、話もきちんとできたし、オセロ対決をしたり、この辺りの地域の昔話を聞かせてもらったりもした。






初期のほうのブログにある薬師神社のお話も、この地区で1番長生きだった次おんちゃんから聞いたものである。








最後にパウンドケーキを焼いて持っていったのが6月後半ごろ。その時、気丈に話をしながらも時折顔を歪め、苦しそうにしているのが気になった。






同居する家族もそれを気にかけていたようで、病院に連れて行ったところ、末期の肺がんであることが判明。そのまま入院となった。






私も含め親戚の人たちはぜひともお見舞いにいきたいと言ったが、このコロナ禍の中、家族すらも面会は許されなかった。





医師からは、「重症なので持って1週間ほどだろう」と言われたらしいが、亡くなったのが昨日なので、入院してから1ヶ月は生きていたことになる。







車で10分も走れば着く距離にある病院なのに、会いたくても会えない。もどかしかった。







最後にもっと話をしたかったし、今までありがとうと伝えたかったけれど、叶わなかった。






志村けんさんのこともあり、コロナウイルスというものの本当の恐ろしさを実感している。













私が生まれる2年前にひいおじいちゃんが亡くなり、前年の1998年には祖父が亡くなったので、私は二人に会ったことがない。






ひいおじいちゃんやじいちゃんというものがいなかった私にとって、次おんちゃんは、本当のひいおじいちゃんのような存在だった。










次おんちゃんの火葬と葬儀は5日。







亡くなってからまだ会いに行けていないので、次おんちゃんがもうこの世にいないという実感が全く湧かない。








今日も犬の散歩をする時に家の前を通ったが、元気だった頃の次おんちゃんが畑にいて、黄色い農協の帽子を振りながら、「ほら、玉ねぎ持っていけ!」と言ってくれているような気がした。








次おんちゃんが作る玉ねぎ、なす、トマト、じゃがいも………どれも本当に美味しかった。






遊びにいくたびに次おんちゃんがくれた金平糖は、机の引き出しにあるが勿体なくて食べられない。






このブログを書いている今、やっと現実を理解してきた。涙が止まらない。







次おんちゃんが昔話を私に話してくれたように、こんなに優しくてみんなから好かれるおじいちゃんがいたことを、私も後世の子供たちに語り継いでいきたいと思う。





向こうでも、奥さんと仲良く暮らしてね。





今まで、本当にありがとう。





天国まで届け。










追記:




今日(8/5水)の午前中、授業の合間を縫って火葬に参加。





娘さんのお話によると、危篤状態に陥ってから家族が連絡を受け、駆け付けるまでの数十分間は、微弱ながらも心臓は動いていて、





彼女が次おんちゃんの手を取り、「お父さん、ありがとうね」と言った2分後、静かに息を引き取ったそうです。





映画みたいなお話だけど、本当に次おんちゃんらしいというか、最後の最後まで優しい人だったんだなと思いました。





人間の聴覚は、死ぬ寸前まできちんと機能しているらしいという話を思い出しながら棺に手を合わせていると、





次おんちゃんの曾孫の女の子(小学3年生ぐらい)が私の裾を掴んで、「ひいおじいちゃん、焼かれちゃうんだね」と泣き始めました。





幼く健気な姿に、思わず貰い泣き。






「身体は無くなっちゃうけど、ひいおじいちゃんはいつでも〇〇ちゃんのこと見てくれてるからね。大丈夫だよ。」と伝えました。






コロナの影響で入院中ほとんど誰にも会えず、




苦しい中一人で旅立ってしまったことが本当に可哀想でならなかったのですが、





こんなに素直で優しい曾孫ちゃんにも恵まれて、次おんちゃんは幸せだなえーんと、少しだけ救われました。




きちんと最後のお別れができて良かった😌