子供の頃、私の祖母は、涙ぐみながら特攻隊で帰らぬ人となった叔父のことを、よく私に話して聞かせました。

私には何の感慨もなく、ただこの話をする時の祖母の表情があまりにも悲しそうで、そんなに悲しくなるなら話さなければいいのに、と思うだけでした。

つい先日車に乗っていた時に、ラジオから二葉百合子さんが歌う「岸壁の母」が流れてきました。
8月の終戦記念日が近くなる頃に、よく耳にする曲です。

何年か前にこの曲を聴いた時のことを思い出しました。

普段は洋楽にしか興味のない私ですが、何故かその時、その歌詞のコトバが、言霊となって突然心に沁み入ってきたのです。

その昔、祖母が語ってくれた息子への無念の思いを、その瞬間にまるで自分自身の事のように、不思議と理解することが出来ました。

病死でも事故死でもなく、健康で健全なままで命を絶たなければならなかった、我が子を想う母の気持ちが、痛いほど胸にこみ上げてきました。

人の心の痛みを知ることによって、人は人を思いやり、魂を成長させることが出来るのだと思います。
母親になる前の自分は、疑似体験として、人の悲しみに同情することは出来ても、自分の身に置き換えてまで思うことは出来ませんでした。

今日は終戦記念日、そして私の兄の命日。
母の気持ちを慰めるために、お墓参りに行きました。
信仰心の無い私の母ですら、息子の墓前に花を供え、その魂が穏やかで幸せであるように祈るのです。
母親とはそういうものなのでしょう。

介護職員時代に、この曲を聴きながら涙したお年寄りの気持ちも、今は理解出来るようになりました。

今日は、兄と、会うことのなかった叔父と、その母である祖母を想い、私も花とお菓子を供えました。 多謝合掌。