春の宵に | 愛を伝える保育士

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   熱血イケメンw保育士ごくせんせいの愛と感動と笑い涙の保育日誌


「合わない‥。」

彼女は焦った。最終の締めの収支が合わない。

もう職場を出なければ、娘の保育園のお迎えに間に合わない。

母親にお迎えを頼もうか‥? 一瞬頭をその考えがよぎったが、思い直した。

母親は白内障と腰痛で、ともすれば外出がおっくうになるのに、

この時間帯から外出を頼むのは酷というものだろう。

電話する時間ももったいないと思った。



もう一度、計算!

焦りといら立ちからか、計算に集中する事ができない。

時間はどんどん過ぎて行く。

保育園はもうすぐ閉園時刻だ。ひとりぼっちの娘の姿が浮かぶ。

上司に娘を迎えに行かねばならない事を話したが、

「今日一日の仕事はちゃんと済ませてから退勤してくれ。」と言われた。



やっと、収支が合ったときにはもう保育園の閉園の時間だった。

急がなくては!!

自転車を出そうとしていると携帯電話が鳴った。

「もしもし、お母さんですか? 今どちらですか?」

今、向かっていることを早口に述べ、自転車を飛ばす。

夫と離婚して、一人で働いて子育てをしようと決心したのは10ヶ月前。

優しいが甲斐性のない夫に腹を立てる事も無く、母子支援を受ける事もできる。

そう考えて、決心した。

娘には「ママと2人できれいなお家に住もうね。パパはもういらないのよ。」

そう言い聞かせた。

心がすっきりしたはずだった。

しかし、後から来たのは、激痩せした夏、猛烈に働いた年末。

仕事と娘への思いとの板挟みによる焦燥感。

そして、今流れてくるこの涙‥‥。




保育園に着いた時には閉園時刻を30分も過ぎていた。

他の場所はすでに消灯され、職員室と玄関の灯りだけがぼおっと浮き出て見えた。

職員室の椅子で保育士の膝に座って絵本を見ている娘の姿が見えた。

「すみません!」

「お帰りなさい。お母さん、遅くなられる場合はどなたかにお迎えをお願いして頂けますか?」

若い保育士は、彼女の泣きはらした目を見、冷静さを保ちながら言った。

「はい‥、母も最近具合が悪くて‥。元夫に聞いてみます。」




母子は連れ立って保育園の外へ出た。

春のとろんとした夜気が2人を包む。

幼い娘の手を握ったまま、彼女はしゃがみ込んだ。

「ママ‥‥?」

つないだ手が小刻みに震えていた。

娘は自分のリュックからティッシュを出して母親に差し出した。

それを受け取りながら思わず声を上げて泣いた。

娘を抱きしめて、泣き続けた。

2人の上にはらはらと桜の花びらが舞い散った。 







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