こんにちは。女性の働く、美しくを応援するamie株式会社スタッフです。
さて、本日のコラムは、
【エッセイ】ワーキングマザー vol.17
私たちは付き合っていた頃と何も変わらない雰囲気でたわいもない会話をして時間を過ごした。
今日まであえて会わなかったわけでもないけれど、私が結婚してからはお互いに遠慮があって「会おう」というキーワードは避けてきた。というより、正直な話、出産して育児に追われ、私もすっかり母になっていて、あの若かった頃の自分の輝きを一番知っている彼にはなんだか会いたくなかったのかもしれない。そして彼の方は特に理由はないのは言うまでもない。
昔から深く考えるタイプではなかったし、それとなく、なんとなく…そんな感じでつかみどころがない。今日だって、会える?って聞かれたから会っただけであって、私に会いたいからとか、奥さんに気負いするとかまで考える人ではない。
「もう色々観光したの?」
「うん、まぁ一通り。いわゆる観光名所的なところ。」
「まだ時間あんの?」
「一人旅だから時間はあるよ。」
「んじゃ、すっげー景色が綺麗に見えるところ行く?」
「何それ、アベックみたいじゃん。」
「アベックってお前それもうかなり死語だろ。」
昔からこいつの前では素直になれない。
こいつも私には素直になれない。
「よし、じゃあタクって行くぞ。車で10分くらいだから。」
お互い素直にはなれないけど、お互いどうしたいかはなんとなく分かる。
別れてからしばらくは誰も好きにはなれなかった。誰かを好きになろうとしたことはあるけれど、それは心ときめくものでなく、無理矢理脳みそを誤魔化そう、他の人で紛らわそうとしたことはある。だけど、こいつの影はいつも私の傍にあって、どこへ行っても何をしても、思い出してしまう。
夢にもよく出てくる。そしてその夢の中ではまだ付き合っていて、私はすごく幸せだったりする。目を覚まして、またかと朝から空しくなることはしょっちゅうだ。夢の中では、こいつの匂い、仕草、声、温度がいつでも鮮明で、いつでも心から好きを実感している自分がいる。だからもう開き直ることにした。忘れる必要もないし、過去にする必要もない。グレーにする方がよっぽど気が楽だった。
「働いてるんだっけ?」
「うん、この私がOLを経験して今は会社を経営してる。まじ奇跡。アンビリバボー。」
「すげーじゃん、そっちの方が、ぽいよ!」
「ぽい?」
「うん、お前っぽい。」
「そっちは?仕事どうなの?」
「しがない会社員よ。」
「それこそ、ぽいけどね。あんたっぽい。地道にコツコツと。意外と堅実派じゃん。」
「知ってんねー、俺のこと。」
「まーね。かと思えば、いきなり突拍子もないことするからよくわかんないけどね。」
「そーそー。旦那さんは優しそうだよね。」
「うん、優しい方だと思う。」
「良かったな、良い人と巡り合えて。」
「そっちもね。結婚したいって今度は思えたんでしょ?」
「それは関係ねーな。年齢的なもの?親も歳取るしさ。」
「それでもタイミングが合ったってことだから運命なんじゃないの?」
「じゃあ、俺らは運命じゃなかったってこと?けっこーあれも運命よりだと思うよ。」
「さあ。じゃあタイミングが味方してくれなかったのかもね。」
「今だったらうまくいってたかもな。」
「どうかな。」
私は急にアルコールが回ったような気がしてタクシーの窓を開けた。
昔ならもっと感情的になっていたかもしれない会話も、時間が落ち着かせ、幼かった二人を大人にさせた。
「大丈夫?酔った?」
「大丈夫。」
さっと手を引かれてタクシーを降りた。
「ちょっと歩くよ。」
「え、この階段上るの?」
「バッグ持ってやるから。」
言われるがまま、そんなに重くないバッグを手渡して彼の後を追った。そう、私は彼の後ろを歩くのが好きだった。少し内股に歩く後ろ姿を見るのも。男性の後ろを歩きたかった私が、今は家族の先頭を走っているのではないかというくらいに頼りない旦那も合わせて男の子育児をしている。
『子供たちは元気だよ。楽しんでる?』
振動と共に旦那からlineが届いた。子供たちのお風呂上りの写真と一緒に。
「ここ。」
そう言われて携帯の画面から視線を上げると、そこには眩しいくらいの街の灯りが蛍の光のようにパノラマで広がっていた。フラッシュバックするかのように、あの頃の私たちを思い出した。
Writer:亀山 祥子
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