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キトロフの敗戦とウクライナ

キトロフの敗戦とウクライナ


 昨年の世界選手権を圧倒的な実力で制圧したイェフゲン・キトロフ(ウクライナ)が、先月、母国ウクライナで行われたニコライ・マンゲル・メモリアルに出場し、決勝でまさかの敗退を喫した。
 この大会が世界選手権以来の試合となるキトロフは、1回戦と2回戦をRSCで終わらせると、続く準決勝も18-5の判定で圧勝するなど順調に勝ち進むが、決勝で同国人のドミトロ・ミトロファノフに16-17の判定で敗れたのである(昨年のウクライナ選手権決勝ではキトロフが勝利している)。
 僕が知っているのは試合の結果だけであり、詳細な内容までは把握していないが、結果だけ見れば番狂わせである事は間違いない。
 他方、ソ連時代から伝統的に選手層の厚いウクライナは、1991年の独立以降、急速な台頭を見せ、昨年の世界選手権では、10階級中5階級で選手を決勝に送り込み、そのうち4選手が優勝している。従って、その伝統的な選手層の厚さが、今回の番狂わせを引き起こしたと想像するのは難しくないが、それを考慮に入れても、今回のキトロフの敗戦は衝撃的である。確かに、ポイントは僅かに1ポイント差ではあるが、冒頭にも述べたように、昨年の世界選手権で、キトロフは、世界のトップ選手達を相手にぶっちぎりで優勝しており、ミドル級でキトロフと競る事のできる選手が存在していた事自体、非常に意外である。
 そして、そのキトロフが、仮に、現在のウクライナ・ボクシング界のトレンドを踏襲し、ロンドン五輪後、プロ入りしたとしても、今回の番狂わせを見る限り、ウクライナのアマチュアボクシング界からは、キトロフ級の人材が出てくる可能性が高く、実際、ミトロファノフは、現在22歳ながら、昨年、行われた欧州選手権で、実力者のダーレン・オニール(アイルランド=2010年度の欧州選手権で銀メダルを獲得し、2011年度の世界選手権では村田諒太にベスト8で敗れている)を下すなど、銅メダルを獲得しており、ポテンシャルの高い選手である。

須佐勝明の知名度と実力

須佐勝明の知名度と実力


 日本のトップアマの一人である須佐勝明(自衛隊体育学校)に注目した場合、日本のプロのバンタム級以下の階級で、互角にスパーリングができる選手がいるとすれば、おそらくWBCバンタム級王者の山中慎介(帝拳)ぐらいだろううし、ボクシングセンスだけみれば、須佐のそれは山中を上回っていてもおかしくなく、日本のプロ・アマにかかわらず、実力者である事は間違いない。しかし、その実力に反し、知名度という点では、プロの日本ランカーにすら及ばないのが須佐の現状である。
 確かに、須佐は、昨年の世界選手権では2回戦で敗退するなど、精彩を欠いているが、それは、ロンドン五輪から採用される女子ボクシングの関係で、男子のフェザー級が廃止になり、それまで須佐が主戦場としていたバンタム級の上限が56キロになったことからフライ級に階級を落とし、慢性的な減量苦に陥った事が大きな要因として挙げられる(北京五輪のアジア予選にフライ級で出場した須佐は、減量に苦しめられた末敗退しており、この敗退後階級をバンタム級に上げていた。因みに階級改編後のフライ級は以前のウェイトから1キロの微増となっている)。
 個人的には、階級改編後のバンタム級でも十分通用すると思うし、事実、2010年、カザフスタンで行われたプレジデント・カップに、階級改編前のバンタム級で出場した須佐は、アヴナル・ユヌソフ(タジキスタン=北京五輪ベスト8)、ダニヤル・ツレゲノフ(カザフスタン=国内王者)、ヴィスラン・ダルカイエフ(ロシア=国内王者)といった並み居るアマチュア・トップ選手達を次々と下し優勝しているが、この大会で須佐に敗れたユヌソフは、上述の世界選手権にバンタム級で出場し、銅メダルを獲得している(準決勝で、キューバのラサルノ・アルバレスに13-18の判定で敗れている)。
 他方、その須佐を世界選手権で破ったカリド・ヤファイ(イギリス)は、北京五輪に弱冠19歳で出場すると、2010年のヨーロッパ選手権では銀メダルを獲得しているが、須佐は、この実力者に対し、1ラウンドから積極的に攻め込み、左フックで相手を効かせると、2ラウンドにもひっかけ気味ながら、強烈な左フックでダウンを奪うなど(判定はスリップ)、そのフライ級離れしたパンチ力とパワーは明らかにヤファイを上回っていた。確かに、試合は、時折ナチュラルにサウスポー・スタンスにシフトして、シャープなコンビネーション・ブローを上下に打ち分けるヤファイがコントロールしていたし、ヤファイの判定勝ちは動かないところだったが、試合が非常にスリリングな内容だった事だけは間違いない。
 しかし、残念ながら、アマチュアの最高峰の大会で、そんな試合内容を残しても、現在のプロ至上主義の日本で須佐に関心を寄せる人はほとんどいない。勿論、アマチュアボクシングよりもプロボクシングの方に人気がるという構図は、日本特有のものではないし、日本のアマチュアボクシングが世界レベルで低迷しているのも事実であるが、アマチュア時代の功績だけ見れば、比較にならないぐらい須佐が山中を上回っており、正直アマチュアだと言うだけで須佐にスポットライトが当たらない現状には大きな違和感を感じざるを得ない。
 いずれにしろ須佐は、アジアのフライ級に残された4つの五輪出場枠をかけ4月からアジア選手権に臨む事になっているが、年齢的に考えても、おそらく最後の国際大会になるのではないだろうか。


【動画】
①須佐VS菅 
1ラウンド 
http://www.youtube.com/watch?v=8RWL6zIy1es
2ラウンド http://www.youtube.com/watch?v=8RWL6zIy1es
3ラウンド http://www.youtube.com/watch?v=i9wnYjtjmy4&feature=related


②須佐VSヤファイ
http://www.youtube.com/watch?v=O9Kauhkelsc


イェフゲン・キトロフの衝撃

イェフゲン・キトロフの衝撃


 昨年行われた世界選手権を見る限り、ゾウ・シミン(中国=2009年の世界選手権は欠場したものの、2005、2007、2011年の世界選手権ライトフライ級で優勝し、北京五輪でもライトフライ級で優勝している)とワシル・ロマチェンコ(ウクライナ=世界選手権では2009年にフェザー級で優勝し、2011年はライト級で優勝している。また、北京五輪ではフェザー級で優勝している)のパフォーマンスは圧倒的であり、ロンドン五輪でも、余程の事がない限り、両者の優勝は固いと思われるが、この両者に優るとも劣らないパフォーマンスを見せた選手を挙げるとすれば、ミドル級決勝で村田諒太(東洋大学職員)を破ったイェフゲン・キトロフ(ウクライナ)であろう。
 嘗て日本で開催された東アジア大会(2001年)にウェルター級でエントリーし、キトロフ同様、対戦相手をなぎ倒す様な試合を連発した現WBAミドル級レギュラー王者のゲナディー・ゴロフキン(カザフスタン)は、後に、ミドル級で世界選手権(2003年)を制するなど、キトロフと同じようなアマチュアキャリアを歩んでいるが(アテネ五輪では銀メダルに終わっている)、ボクシングの引き出しの多さという意味では、とてもではないがキトロフには敵わないはずだ。
 実際、しっかりとした技術をベースに、攻防一体のボクシングで的確にカウンターを打ち込む事ができるキトロフのボクシングは穴がなく、そのパンチ力はどれも破壊的である。
 世界選手権決勝の村田戦も、村田が得意の接近戦に持ち込めば村田にも勝つチャンスがあると思ったが、村田が接近戦に持ち込んでも、これまでの様に手数が出なかったのは、おそらくキトロフのパンチ力が思った以上に強かったからであろうし、キトロフが序盤からあれだけ強いパンチを打ち込みながらスタミナ切れを起こさなかったところをみると、そのパンチ力に奢ることなく相当な走り込みをしているはずだ。採点も24-22と僅差であったが、正直試合は、一方的だったし、キトロフの完勝と言っても過言ではない。
 そして、その世界選手権での内容を見る限り、今年行われるロンドン五輪も、キトロフが、他を寄せ付けない圧倒的な実力で優勝する可能性が高く、現時点では、欠点らしい欠点が見当たらない。また、近年、プロへの流出が激しいウクライナのアマチュアボクシング界の中で、五輪後、どのような去就をとるのか、非常に注目の選手である。