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シバ・サパと世界選手権

シバ・サパと世界選手権

 プロでは全くなじみのないインドではあるが、アマチュア・シーンでは、近年急速に台頭し、2010年の英連邦大会では、10階級中3選手が優勝し、同年に行われたアジア大会でも2選手が優勝しているボクシング新興国である。
 その中でも、バンタム級のシバ・サパは、昨年の五輪アジア予選で、当時弱冠18歳ながら、清水聡を終始スピードで圧倒し、31-17という採点以上の実力差を感じさせる内容で清水を退け、そのまま大会を制している。
 五輪本選では、初戦から優勝候補の一角に数えられていたオスカー・バルデス(メキシコ)との黄金カードを実現させたものの、バルデスに敗れ、早々と敗退しているが、内容は、強烈なパワーボクシングを持ち味とするバルデスに対し、サパはフットワークを使いながら、バルデスの出鼻や打ち終わりにパンチを打ち込んでいき、2ラウンド途中までは互角のパフォーマンスを見せている。その後は、バルデスのパワーに押し切られ、9-14の判定で競り負けているが、試合は間違いなくロンドン五輪のベストバウトの一つだったし、そのパフォーマンスからは、アジア予選の時同様、高い将来性が感じられた(サパに勝ったバルデスは、五輪後、トップランク社とプロ契約を結び、現在6戦全勝全KOの戦績を誇っている)。
 そして、今年6月に行われたアジア選手権を制したサパは、今月11日に開幕した世界選手権にエントリーしているが、サパが参戦しているバンタム級は、ロンドン五輪後、上述のバルデスの他、五輪金メダリストのルーク・キャンベル(イギリス)がプロ入りした一方で、ロンドン五輪のフライ級を制したロベイシー・ラミレス(キューバ)と、そのラミレスに決勝で惜敗したツグゥンストック・ニャンバヤル(モンゴル)が、1階級上のバンタム級に参戦しており、レベルが落ちた感じは全くない。
 特に、ロンドン五輪を18歳で制したラミレスは、キューバ軽量級の先輩格である現WBA・WBOスーパー・バンタム級王者ギジェルモ・リゴンドーやユリオキス・ガンボアと同じ輝きを放とうとしている選手であり、この階級「断トツ」の優勝候補でもある。実際、昨年暮れには、バンタム級で2011年の世界選手権を制し、ロンドン五輪でも銅メダルを獲得している3歳年上のロサノ・アルバレス(キューバ)を判定で下すなど、信じられない勢いで急成長しており、サパも2010年に行われた世界ユース選手権決勝とユース・オリンピックのバンタム級決勝で苦杯を舐めている。
 サパは、順調にいけば、準々決勝でニャンバヤルとあたり、ここを勝ち切れれば、準決勝で「天敵」ラミレスと対戦する可能性が高く、この辺りでどういったパフォーマンスを見せられるかが、サパの今後をうらなう上で、一つのキーポイントになってくるように思われる。しかし、優勝する可能性があるかと訊かれれば、その可能性は低いと言わざるを得ないし、それぐらい現在のバンタム級においてラミレスの力は突出しているはずだ。

オレクサンデル・ウシクのプロ入り

オレクサンデル・ウシクのプロ入り

 先日、トップランク社と大型契約を結んだワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)は、来月行われるティモシー・ブラッドレーVSファン・マヌエル・マルケス戦の前座でプロデビューする事が決定しているが、同じ興行で、2011年の世界選手権とロンドン五輪のヘビー級で金メダルを獲得したオレクサンデル・ウシク(ウクライナ)もデビュー戦を行うことはあまり知られていない。
 そのウシクは、ロマチェンコとともに、2012/2013年シーズンのWSBに途中参戦し、6カ月足らずの間に6戦して全勝2KOの戦績を残しているが、ウシクは、このWSBで、既存のプロで14戦全勝8KOの戦績を誇るマテオ・モドゥグノ(イタリア)を完膚なきまでに打ちのめした末、2ラウンドTKO勝ちしており、プロ入りへの試金石と言う意味では、ロマチェンコのWSBでのどの試合よりも印象的な内容を残している(WSBは、既存のプロでもキャリア16戦以内であれば参加が認められており、モドゥグノ以外にも、何人かのプロの選手が参加しており、中には非常に有望な選手もいる)。
 実際、モドゥグノは、元五輪代表のパオロ・ヴィドズ(イタリア)に判定勝ちし、ナショナルタイトルを獲得しており、年齢も26歳と若く、その辺のノービスなヘビー級選手とは一線を画す本格的なプロのヘビー級選手であり、ウシクがモドゥグノのフィジカルに苦戦する可能性は十分にあった。しかし、試合が始まると、1ラウンドから相手を圧倒したのは、より身体の小さいウシクであり、文字通りモドゥグノをボコボコにした末、上述の2ラウンドTKO勝ちに結びつけている。
 個人的には、プロとアマのどちらがレベルが高いとか言う議論は非常に下らない議論だとは思うが、あそこまでウシクがプロの新鋭選手を圧倒するとは思わなかった。10月のプロデビュー戦は、ヘビー級で行われる事になっており、プロ入り後はヘビー級で世界王座の獲得を目指していくと思われるが、動ける大型のヘビー級がクリチコ兄弟しかいないヘビー級の現状を見れば、小柄なウシクにも十分チャンスはあるはずだし、同国人の兄弟王者がいずれも引退が視界に入りつつある年齢にあることを考えれば、そのチャンスはさらに大きくなるはずだ。


プロとザキポフと井上

プロとザキポフと井上

 ビルズハン・ザキポフ(カザフスタン)。井上尚弥を五輪アジア予選決勝で下し、井上のロンドン行きを阻止した選手である。勝敗は、僅差の判定ではあったが、現在のアマチュアの採点基準に照らし合わせれば、個人的には、井上の勝ちは固かったようにも思う(ザキポフのパンチのあて方の見栄えが良かったのも事実ではあるが)。しかし、その事だけを持ってザキポフの実力を下卑する事はできないし、事実、ザキポフはアマチュア界では名前の通った実力者である。五輪本選ではベスト8で、五輪連覇を達成することになるゾウ・シミン(中国)に10-13という判定で敗れてはいるが、仮にプロ入りすれば、それなりの確率で世界王者になれるはずだし、生まれ持ったセンスも、現2階級制覇王者の井岡一翔より数段上と言っても過言ではない。
 しかし、ザキポフが、プロ入りする事は、おそらく100%ない。理由は、世界的にもマーケットの規模が小さいプロの軽量級で、カザフスタン人のスポンサーになってくれる様な企業が少ないからであり、仮にプロ入りしても、どの様な境遇に置かれるかは、日本でも活躍したサーシャ・バクディン(ロシア)のケースを考えれば明らかなはずだ。さらに付け加えるならば、ザキポフの様な実力者は、トップアマに少なからずいる。そして、繰り返しになるが、彼らがプロ入りする事はまずないし、妻や子供がいれば尚更のはずだ。だから、彼らはアマチュアに留まり、国際大会で結果を残す事で、国家から報奨金や役職の恩恵に授からろうとするのである。
 つまり、アマチュアルールだろうがプロルールだろうが、強い選手は強いし、アマチュアでもプロ選手並みにハングリーな選手はたくさんいるという事だ。そもそも、旧ソ連圏諸国やキューバの様に、必ずしも経済的に豊かとはいえない国の出身者たちが(ロシアとカザフスタンに関しては若干異なるが)、信じられないぐらいレベルの高い国内のトライアルを勝ち抜かなければならない事を考えれば、その辺のプロボクサー達より遥かにハングリーで屈強だったとしても不思議ではないし、そんな彼らが、巧妙なマッチメーキングでプロの世界王者になった選手達より強かったとしても、やはり何の不思議もないはずだ。
 そして、そういった過酷な競争社会で生き残ったザキポフを、勝敗は兎も角として、19歳そこそこで、内容的に打ちのめした井上は、やはり本物であり、ロンドン五輪で日本代表だった選手達が、井岡よりも井上をこぞって評価する根拠も、その辺にあると思う。プロ入り後、その実力が何かと取りざたされている井上であるが、アマチュア時代に井上が対戦してきた相手のレベルを考えれば当たり前の内容と結果だったはずだ。