夫の仕事が忙しく、朝早くから仕事に出かけ、夜も残業があり
ました。

本当に母子家庭のようでしたが、子どもの教育に熱心になり、
勉強にも付きっ切りでした。

夫の兄弟の子ども達も成績がよく、立派な高校とかに入学する
ため、私のストレスはたまりました。

共稼ぎでしたが、私のほうが定時に帰宅していましたので、
熱心に勉強を見たり教えたりしていました。

ここでも完璧主義の性格が現れました。

いじめられることなく学校にいき、出来ない部分は親や塾でカバー
すればいいというスタンスでした。

共稼ぎといっても、保育費と教育費に消えていきました。


息子が2歳の頃、職場が異動になりました。

仕事の内容は同じようなものででしたが、人間関係がすごく
大変でした。

気を使うだけ気を使い、心身ともに疲れました。

この頃、家を立てる話が持ち上がしました。

仕事が大変なので、夫の実家の近くに家を建てることになった
のです。

1年で職場が再度異動となり、自宅の近くに移りました。

やはり人間関係は楽ではありませんでしたが、息子も3歳に
なりとてもかわいいと思うようになりました。

職場でも、息子のことや娘のことを話すようになっていました。

年齢も若く、子どもも小さかったけど、そんな子育て中のスタッフ
が多かったため、担当する係りでは一番若く気は使いました。
しかし、スタッフからはかわいがられもしました。

17年くらい前のことですが、自宅も完成し、仕事に子育てと大変でした。

2回も異動になりましたが、今のように複雑な仕事ではなかったので、
人間関係では気を使いましたが、病状は意外と落ち着いていま
した。

同じ薬をずっと内服していました。
そして、欠かさず睡眠薬を飲まないと眠れませんでした。







仕事は臨床の看護師ではなくなりましたが、医療職・看護職で
あることには変わりはありません。

当時は、看護師が、精神科にかかるなんてという風潮でした。

医療職としてありえないと言う感じでしたので、薬も隠れて飲ん
でいました。

しかし、十二指腸潰瘍になったことを話すと、理解を示してもらい、
胃の薬としてこそっりと精神科の薬も飲んでいました。

今のような時代であれば全く違っていたと思います。

最近は仕事が複雑化し、メンタル面で休職する医療職も普通に
あります。

職場に戻るときも、職場復帰プログラムというのがあって、
徐々に仕事に慣れて少しずつ時間を戻していくという事が、
普通に行われています。

男の子だった第2子が生後9ヶ月の頃、私は胃の痛みがひどくなり胃カメラをうけました。

診断名は十二指腸潰瘍でした。

完全にストレスが原因と言われ、内服治療が始まりました。

息子は動きが激しく、とても荒くてそのくせ泣き虫でした。

マンションに住んでいましたが、引き出しという引き出しは全部
開けて物を出すので、布ガムテープで止めていました。

夕御飯の支度をはじめると、近づいてきて抱っこをせがみます。
しかし、包丁や火を使っているので危なくて、遠ざけようとすると泣き出します。

今思うと手がかかりました。

2歳まで息子をかわいいと思う余裕はありませんでした。

当時の私は、今も基本的には変わりませんが、完璧主義者で、
真面目なタイプでした。

もともとは明るく、面白いことが自然と出てきて人を笑わせる
事が大好きでした。

第2子出産後の正月、子どもが5が月の頃実家に行きました。

その時のビデオを見る機会があったのですが、今見ると明ら
かに違って見えます。

表情が硬く、まるで初めて出産したときの様に、必死で子ども
にミルクを飲ませている姿を見ると驚きました。

ミルクを吐きやすかったので、必死で目を離さず飲ませている
姿の自分が写っていました。

明らかに、この時期はおかしかったですよね。

今から思うと・・・