日本には昔から、「遠慮は美徳」とされる文化があります。
相手を立てること、控えめであること、出しゃばらないこと。
たしかに、それは人を思いやる素敵なマインドです。
けれど、ビジネスや社会の場面では、
その「遠慮」が時に自分の可能性やチャンスを遠ざけてしまうこともある。
先日、ある事業家さんからそう教わりました。
そして、日本人は遠慮がちで思っている事や内に秘めていることを口にはあまり出さない方も多いです。
それで、何か達成したとしたら「お〜、あの人意外とやるな〜!」「実は見えないところで努力してたんだ!」となり、それはそれで賞賛されるかもしれないし、素晴らしいことだと思います。
ですが、それで本当に良いのか。
謙遜とは「自信のある人の思いやり」
まず、謙遜とは、自分の力や成果を過大に見せず、相手や周囲との調和を保とうとする態度。
そこにはちゃんと「自分を認める力」が土台にあります。
たとえば、
「ありがとうございます。でも、まだまだ学び途中です」
「今回の成功は、周りのおかげでもあります」
こうした言葉は、自分の実力や努力をちゃんと受け入れた上での、優しさなんです。
遠慮は「自分を小さく見せるクセ」になりがち
一方の遠慮は、自分の考えや希望があっても、それを口に出せなかったり、
「私なんて」と引っ込めてしまうこと。
・会議で意見を求められても黙ってしまう
・本当はやりたいのに「迷惑になるかも」と遠慮して手を挙げない
・褒められても「いえいえ、全然です」と否定してしまう
これは一見控えめに見えて、自分の価値を信じられていない状態なのかもしれません。
ビジネスでは「遠慮」は損、でも「謙虚さ」は武器になる
ビジネスの現場では、「できる人」はちゃんと自分を出しています。
できることは「できます」と言い、成果も自分の努力として受け取る。
一方で、「遠慮」し続けている人は、
本来の力があっても「目立たない」「信頼されづらい」「選ばれない」という壁にぶつかります。
謙遜は、自分の力をわかっているからこそ、余裕をもって相手に譲れる行動。
でも、遠慮は自分の価値を表現しないこと。
だから、遠慮しすぎると、ビジネスのチャンスを逃してしまうのです。
自分を出すことは、悪いことじゃない
「私にはまだ早い」
「こんなこと言ったら嫌われるかも」
そんなふうに感じたときこそ、自分に問いかけてみてほしいんです。
それは本当に“謙虚”なのか?
それともただの“遠慮”なのか?
自分を出すこと、発信すること、意見を持つことは、誰かを否定することではありません。
それは「私はこう考える」という、自分の価値観を尊重すること。
そしてそれは、ビジネスでも信頼される大きな力になります。
最後に
遠慮が美徳とされてきた日本の文化の中で育った私たちは、
「出すこと」にどこか後ろめたさを感じてしまうことがあります。
でも今の時代、そしてビジネスの世界では、
“自分の考えを持ち、相手と調和しながらそれを表現できる人”が、信頼され、選ばれていきます。
遠慮ではなく、謙遜を。
控えめではあっても、自分の価値はちゃんと伝える。
そんな在り方を、私自身もこれからも大切にしていきたいと思います。
