「うっ…くっ…あっ…」
ぎゅぅっと体を押されて、思わず斜めに仰け反る。
別にイヤラシイことをしてるわけではなく、単に事故のせいで遅れた電車に乗っているだけ。
これ以上入らなさそうなんだから、次の電車を待てばいいのに…
2つ前の駅で、押し込まれながら乗り込んだのに、ついアタシはそう思ってしまった。
「…本日電車が送れましてぇ~…申し訳ございませんん~」
微妙に語尾を伸ばしたアナウンスに少し苛立つ。
若い子には「語尾は延ばすな」と教えるくせに、大人になるとそのルールは「柔らかく聞こえる」と言う言い訳の下、あっという間にひっくり返される。
「正しい日本語」どこへやら、だ。

ガクンッ

オオゲサなほど揺らいで、電車が発車した。
「うっ…わっ…」
またもや押されて思わず呟いたけれど、小さすぎたのか、アタシの小さな体に圧し掛かる体重はちっとも減らない。
まるでいないか、壁のように思われているんだろうか…ますます押し付けてくるように思える。
ヤバイって。
これ以上押されたら、ちょうどお尻を向けている人の膝の上に座っちゃう。
さっきまでは座席の横にあるポールを背にしてたはずなのに、押されて人のいるほうへと流されてしまった。
困ったなぁ。
あまりにもギュウギュウ詰めで、もう向きを変えることもできない。

ガクンッ
ギュ―――…

大きな音がして電車がスピードを落として行くにつれ、また人波がこちらに押し寄せて、乗っかって。
もうダメ――倒れ…る…

ひょい、とアタシの腰に手が回された。
え。
あれ。
なに。
あっという間に、アタシは柔らかいけど固いイスに座ってた。
あ。
あぅあぅ。
あのあのあの。
「動かないで」
コソッと声が。
えとえと。
ドチラさま?
ほんとにもう動けない。
さらにアタシの膝の上にも、誰かが乗ってきそうなぐらい、誰かの背中が傾いでる。
え…っと、なんか、ヤバイんじゃない???

ギギギィ――――……
プッシュゥゥゥ…

空気音が破裂するのと同時に、もう少しでアタシを、アタシと誰かを押し潰そうとしてた人波が、反対側へと流れる。
「あっ」
降りる駅!
慌てて、アタシも波になる。
クル、と振り返ったけれど、アタシの後ろからも流れてくる人影で、アタシの「イス」は見えなくなった。
あっという間にホームの人波が電車に飲み込まれて、ドアがまた閉じた。

誰…だったんだろう。

顔を見ることも、何歳だったかもわからない。

声と、お腹の辺りにあった手と、脚の間から見えたスーツのズボンだけ。


次の日――
同じ時間、同じ車輌、同じ場所に立った。
乗り込んだ電車は昨日よりははるかに空いていて、アタシの「イス」がいたはずの座席には、ふんわり夏らしいワンピースの女性が座っていた。

アナタは――誰だったの?







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