おはようございます。
お天気よいのに、内省的な華咲けライター@あみ(略)です。
てか、このブログ記事読むのが夜になる人もいるだろうに、こんな挨拶でいいんだろうかとか、まったくもって余計なとこまで気にしてる、チキンハートだったりもしますんですのよ、ハイ。


初セミナー&ランチ会にご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。
さっそく次のランチ会の予定を立てたいと思っていますので、スケジュールはボコボコ開けといてください。
やらないかもしらんけど(オイ)

そんなかっる~いノリのせいか、直接会った方に言われるのが

「あみさんてママっぽく見えないよね」
もしくは
「えっ?!結婚してるの?」
さらには
「……年上だとは思わなかった」


…………………いや、確かにお嬢がいなかったときでも「既婚者」に見られることは少なかったですが。


どーせあたしゃ19歳から「成人式」を3回か4回は経験してるわよ――――!!!パンチ!

最初は冗談だと思ったんですよねー。
しかし、どー見てもわたしの父より年上のおじさん(おじいさん?)がニコニコしながら「成人式、ちゃんと出るのかい?」って…
21歳だったら「うふふ~」ですけどね。
22歳。
23歳…
次は…って。

妹ですら終わってますから…がーん

まぁ、ショックだったことのもうひとつに、「妹より幼く見られてる」だけじゃなく、母がわたしを産んだのが23歳。
23歳の女性が赤ちゃん抱っこしてる写真…


わたしも欲しかった――――!!!(そこかっΣ\( ̄ー ̄;))


…なんて、アホなひとりツッコミは捨てといて。

結婚して。
お嬢産んで。
イロイロあって(イロイロは…まぁ、アレだ、コレだ、ドレだ)

「ああ、アタシって、家庭と仕事とプライベート(超自分的空間)は、全部別個じゃないとダメなんだ」

と、気がつきました。

昔はですね。
ダンナとは一緒に仕事をするもんだと思ってたし(両親が自営業で一緒の仕事を分担してやってたから)、家族が世界の全てになるんだと思ってたし(トモダチいなかったから)、そのうち仕事を辞めて家の中にいれるんだと思ってました(引き篭もり願望あったから)

…実際は、家に居たってなにもしないし、子供とふたりきりは耐えられないし、ダンナと仕事を共同でやろうったって感性と思考と協調性がまったく合わない。
「結婚」が向いてないのかもしれませんが、だからといって他の人とではうまくいかない気もしています。
気のせいかもしれませんが。

昨日はそんなことを考えていましたが、好きな小説の中に、そんな状態を端的に表す言葉がありました。

「まるで蜂の巣のように一辺のみがくっついているのに、強靭で離れない関係」

学寮祭の夜」でハリエットが感じた「男性同士の友情」を例えたものですが、「金(カネ)」を持っているウィムジィ卿と、「金(カネ)」を理解してるアーバスノット爵子。
前者はクリケットの名手で弁が立って知性と感情の塊。
後者は鈍く、際立った取り柄はないのに、なぜか金融のことになると神のごとく理解し、迷路と罠をくぐり抜けて見せる。
この巻には出てこない義理の弟のパーカーも、実直で謙虚で、ウィムジィとはまったく正反対なのに、「お互いがお互いを全て理解しなくても気に入ってる」というだけで成り立つ友人。

わたしもそう。

家庭も仕事もプライベートも友達も「わたし」という中心にくっついていれば、別に全てがひとつのフロアになる必要はない。
むしろ、移動可能なパーテーションで区切るより、頑固な壁で隔離され、扉はわたしの気分でつけられればいい。
ふ…と頭に浮かんだのが、「マンション」です。
廊下では繋がっているけれど、扉のひとつひとつ先には、まったく違う世界がある。
入っていく「わたし」は変わりませんが、違う部屋に入るたびに服を変え、言葉や声が変わり、性格すらも多少は変化する。
まるで、その部屋に入るための鍵と、そのために被るマスクを持っているみたいに。

そう考えると、やっぱり「子供がいるように見えない『あみ』」は、あながち間違ってはいないんですよね。
その時のわたしには「子供はいない」んですから。
でもまぁ、つい会話に子供は出てくるから、やっぱり母親でもあるのかな~。

…とか思いつつ、やっぱり次のランチ会も「子供抜き」でやっちゃおうかとか考えているんですよ、ええ。



学寮祭の夜 1,386円





illustrated by AkihisaSawada