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能『景清』『石橋』観能




粟谷能の会『景清』『石橋』観能。

粟谷明生先生に能を習って10年になった。『60代最後の…』と先生が仰っているのでふと年月を振り返ってみる。いつまでもいると思ってはいけない、親と師匠。

平家の落武者景清が、自ら目をえぐって盲目の乞食になった訳は、源氏の世を見たくないというのもわかるけど、自分の顔をみる他人の目に耐えられないからじゃないかとも思う。一目会いたいとはるばる探し訪ねてきた娘との面会を、一度は拒絶したものの、里人にとりなされて、人生で一番かっこよかった屋島の戦いの時の武勇伝を語ってみせ、『気がすんだか、帰れ!』と娘の背中を押す、あの左手が目に焼き付いて離れない。自分とはツボが違う隣席の客の涙腺決壊を感知するのも、同じ空間で同じものをみる作用として大切だと思う。粟谷明生先生の亡父・菊生氏のハマり役でもあったらしい、景清。先生の脳裏にもお父様の姿がきっといくつも焼き付いて、と考えると鼻の奥がツンとする。

能を見ると自ずと狂言も一緒に見ることになる。野村萬斎さんよりも、萬斎さんのお祖父様万作さん94歳を見られる方が嬉しい。あんな気品ある喜劇役者、他にいるだろうか。

『石橋』は、紅白の牡丹と連獅子舞が、誰が見ても美しくて楽しい能。粟谷明生先生の弟子佐藤陽さんが子獅子役。あんなに首を振って仮面がずれないためには、きつく紐を絞めなきゃいけないだろう、仮面の中は酸素薄くきつければきついほど脳酸欠でホワイトアウトするリスクも上がる。もしも仮面ずれたら完全目隠し状態、高さ30cmの台に飛び上がり飛び降りる時も足元見えないはず、幅90cm長さ180cmの台で目上の能役者と連獅子舞、ぶつからないか落ちないか、ハラハラドッキドキで心の中で『ガンバレ!』と叫んでしまう。あんまりそう思われてないかもしれないけど、能役者はアクション俳優。

良いもん見たなー。国立劇場だけじゃなく国立能楽堂まで建て替えるとか言って無駄に10年閉まったら、文化庁長官末代まで祟ってやるからな。

人間の条件『The Human Condition』再演終演

人間の条件『The Human Condition』

thc-theater.studio.site/next

無事終演しました。4ステージともほぼ満席にみえました。寒い中また遠方からも沢山のご来場を頂き、誠にありがとうございました。

Xで演出ZRが『ギバーばかりの座組』と発言していましたが、こんなに気のいい奴らばかりというか誰もケンカしない揉めない集団、見たことも聞いたことも立ち会ったこともないです。芝居の内容と関係あるでしょうが、『誰も排除しない無理もしないさせない競争しない持続可能な居心地の良い共生するコミュニティ』、実際に実現していました。楽しかったなぁ。またみんなと一緒にいたいなぁ。

私も『ちょっと何やってんの早くしてよね!』とか叫ぶ何も早くなる効果を生まないイライラ客演ババアとかではなかったつもりですが、小屋入り直前に風邪引きまして、最終日稽古と仕込みサボらせてもらいましたが、無事に進行し、咳止めトローチや飴もらいながら4ステージ終わった頃には、ほぼ治ってました。

なんていうのかな、なんかわからないけど人間が仲が良くストレスが少ないことは、様々な問題を小さいうちに解決し深刻化させず、結果的に経済・効率・成果・健康・人生の充実感の上でも、実に良い。

なんとなくほわっとした感じで特に疲れも残っていないし精算も終わってる穏やかな公演翌日です。

演出ZRとは、いまだに一度も食事したことも酒を呑んだこともない。
変わった劇団だ。新しいのか古いのかわからない。実に稀有なカンパニーだと思う。

人間の条件『The Human Condition』出演後記


人間の条件 『The Human Condition』

https://thc-theater.studio.site/next

無事終演致しました。

たくさんのご来場を頂きありがとうございました!


別に求められてないのですが、作り手とお客様との対話をいっぱいするのが大事な作品と思うので、一俳優からも出演した感想など書いてみます。


一言で言えば、激しく楽しかったです。


アフタートークでもよく質問されていた、非当事者(健常者)が当事者(知的障害者)を演じることは可能なのか、許されるのか、という問題について。


私達俳優は、殺人犯とか歴史上の人物とか当事者じゃないものを演じるのが仕事です。当事者になった事ないから演じられませんという俳優は、極めてできる仕事が限られることでしょう。そんなことはみんなわかってるのに、なぜ聞かれるかといえば、差別的表現だと言われる可能性があるから、人を傷つけたり怒らせたりする可能性があるからだと思います。


チラシのキャッチコピー

『「いらない」と、思われたことはありますか。「いらない」と、思ったことはありますか。』

という問いに自主的に答えれば、

はい、どちらもあります。差別されたこともしたこともあります。差別意識も様々色々持ってます。


憎悪とか怒りとか嫉妬とか、人間の心の中には色々な負のエネルギーが強い見たくない嫌な感情がありますが、俳優の習性として、それらも使えるので、感情も収集してラベリングしてストックしてあります。必要な時に取り出し、必要ないときに収納できるようにしています。物理的な収納と同じです。ごちゃごちゃだと出し入れ困難です。


差別意識も在庫の一つです。あるからといって必ず出るものではなく、必要なら出すし必要ないならしまいます。


それでも、しまったつもりが出ちゃってる可能性はあります。信用できる人間に見てもらい、指摘してもらう必要があります。俳優にとって、主に演出家がその役割をする人です。


演出家ZRと私との出会いは、前作『桜の森の満開の下』を観て、終演後に私が名刺を渡したところから始まりました。出演オファーをもらったのはフランス公演のための出国前日、自分の演技を観てもらったことはなく台本は未完成ほとんど話したこともなかったのですが、極めて明解な企画書と出演条件、及び創作リサーチのために障害者施設で就労するまじめさ、まじめさと地頭の良さが出てる顔、等から即答OKして出国しました。悩む時間がなかったし、一緒に創作しながら考えていった方が良いと思いました。結果として、大正解判断だったと思っています。


神戸の知的障害者施設で演劇ワークショップをやった束の間の経験も、大いに背中を押してくれました。心の中に差別意識があることは、情とか愛とかが沸くのをとめるものではありません。母親役をやってる時、息子役の福田航大が天然か演技かわかりませんがペットボトルを哺乳瓶みたいに両手でもって上目遣いで見つめてくる時間も、破壊力ありました!


知的障害者を見て真似をする、いわゆる形態模写はほとんどやりませんでした。知的障害以外に身体的障害があった方が演じ分けと絵面の上で良いと思ったので、右半身麻痺は私が自主的にやってみせ、演出に見え方を修正してもらったもので、やれと言われてやったのではありません。快・不快ワークをもとに、普段社会に適応するためにかけてるストッパーの方を取っていった感じです。健常者という枠の中にいるために、周りに人がいる時にでかい声で独り言を言わないとか、仕事中や電車内で面白いこと思いついちゃった時に突然笑わないとか、普段かけているストッパーは、実に多いし多岐に渡ります。社会人になる過程でしぶしぶ身につけたそれらから、舞台という非日常限定とはいえ一時的に開放されたのは、楽しく気持ちよいことでした。


『楽しいから』はありとあらゆるハードルを乗り越えていく力です。


再演情報!

2024.12.7~8  横浜・YPAM参加

https://ypam.jp/program/1725005651/index.html