アメブロに引越し 2
■2008年4月12日
『今回の舞台について』
題材は、1992年高校教諭が息子を刺殺した事件である。
自分の役だけに集中していくと全体は見えなくなっていくことがあるのだけど・・・
この舞台はお客さんの心に素手で触れてしまうのではないか。
実際に子供の家庭内暴力に苦しんでいる人が見たらどう思うのか。親に手をあげられたことのある人が見たらどう思うのか。
取り越し苦労かもしれないが、もしこの公演を観て、カウンセリングが必要なような状態になってしまうお客さんがいたら、終演後、自分の持っているだけの「聞く力」を全開にして話に耳を傾けるよりほかないと、覚悟し始めている。
3年前同じ台本で取り組んだ仮面実験劇「Watashi Wa Inko」の時には、どんなに心を寄せよう寄せようとしても他人事だった。それから社会も自分も変化したのだろう、家庭内殺人が連日連夜起き、今は少なくとも自分と地続きのところにある題材だと思う。
そんなことはカウンセラーか精神科医かお坊さん・神父さんかに任せればいいと言う人もあるだろう。しかし、とりあえず今のところ自分は健康で、人の心に何らかの働きかけをして動かすことをしようとするのだから、身の丈でできることはしなければと思う。
演劇で社会を変えてやると言った人も60年代70年代にはいたと聞く。演劇で社会は変わらないだろう。けれども、人ひとりの心に刺さったとげ一本ぬくこと、石のようなしこりひとつどけること位、なんとかしてできないのかと、そう思っている。
神戸の少年Aの事件があった後、「自分も一皮向けばなにをするかわからない。人を傷つける前に」と言って自殺した中学生がいた。その子がどんな闇を抱えていたか知ることはできないけれども、その子に「人は心に鬼を飼うことはあるんだよ。それでもいいんだよ。その鬼が実際に外に出てしまうかどうかは、確かに紙一重なんだけれども、うまく付き合って一生外へ出さない方法ってあるんだよ」と、同じ時代に生きている芸術家の誰も伝えることができなかったのかと思うと、無念でならない。
劇場は、非日常ですようそですよという約束事の上、安全にくさいもののフタを開けて中身を出し、そっとまたフタをする為の場所である。