おはようございます。

必要なことを見極めリスクを背負うのは

普通の事だと思っていました。
 

が、


必要な事はわかっているけどリスクを背負いたくないから必要な事をしないという人もいるのですね。



リスクを背負わずに真剣勝負ができる人っているのでしょうか?


真剣勝負をして勝ち続けている人を見て
憧れたり嫉妬したり自信喪失したりしている人は、

勝ち続けているようにみえるその人が
どのくらいリスクを背負ってやっているかを想像する事もできないのかもしれません。



たぶんチャレンジした事がないからでしょう。





私はですが、

チャレンジするって、決して楽しい事ではないです。

どっちかというと、
楽しいチャレンジなんて、そんなもんチャレンジでも何でもねぇと思っています。




チャレンジの入口は
ヒリヒリします。


鳥肌、冷や汗、めまいがします。



場違い感で惨めになり、逃げたくなります。


自分のできなさ知らなさ具合にクラクラします。





そして、そこで諦めたりスカしたりすると
チャレンジがチャレンジ以下になります。






チャレンジとは、

そこを超える事を言います。





ビビっている自分を超える事。

カッコ悪い自分を超える事。

イライラする自分を超える事。

悔しくて仕方ない自分を超える事。





そして


時には頭を掻きむしり

時には絶望し

時には顔面蒼白になり

時には背骨が溶けそうになりながら






冷静と情熱を頭と腹に携え

歩む。





ものにするまで歩みを止めない。




それがチャレンジです。



ハイリスクハイリターンと言うのは、

お金を軸に置くとおかしくなります。


心を軸に置くとおかしくなりません。





ビビると心に軸をおけなくなるので、

必要な事にリスクを背負う度に、

人は成長し、輝きが増し、能力が増すのだと思っています。


それは、より自由になり、情熱が溢れ続け、優しさを知ることに繋がっています。



だから、

必要な時にリスクを背負えなければ、

既存の枠から出られずいつも不自由で、何をやりたいのかわからず自分探しの旅に出かけるような暇人になり、本当の意味の優しさではなく、偽善的でズルくて弱くなって行きます。



そんな人は素敵な夢をいくら紙に書いて言葉で伝えようとも上手く行きません。
上手くいく訳ありません。
いくら本を読んでも身になりません。
身になる訳がありません。


スピリチュアルな考えと、
羊羹のように甘い考えは、
別物です。


それが同じになっている人を見ると私は思います。





やばい。
ダサい。




おゎり