頑張るのやめましょ。
などと、私はよく言うようになりました。
自分自身も頑張り始めたな…と気がつく度にポイっとそれを止めて他のことをしています。
何故ならば、
もう楽しいことしかしたくないからです。
楽しいことのためにやる努力というのはあると思いますが、
楽しいことのためだと努力は我慢ではなく、
準備です。
というより、準備ですらないかもしれない。
それ自体が、やりがいになってしまいます。
楽しいと思う事が正解。
辛いと思う事は不正解。
そのような感覚で毎日を過ごしております。
そんな風に過ごすようになってから、私のエネルギーは変わったようで、
皆んなから何か良いことあったの❓と聞かれるようになりました。
特に無い。
でも、楽しい気分ばかり選ぶようになったので、楽しい気分で毎日を過ごしています。
気分を選ぶというのは、各自の自由です。
嫌な事があるかないかは選べなくても
嫌な気分になるかならないかは選べる。
嫌な気分になって良いことなど特にないので、
良い気分でいる方を選んでいます。
そういう毎日を送っていたら、
ある日、自由人の小3次女が勉強もスポーツも全部頑張りたくないと言いました。
頑張ってどうすんの?が口癖になっている私は、ちょっと考えて言いました。
はい。このコップとテーブルがあります。
このお皿が苦しいことだとしましょう。
このお皿、コップに入れようとすると入りません。
このテーブルには余裕で置けます。
しかも、テーブルには他にもたくさん乗る。
この苦しいお皿でいっぱいになったりしない。
楽しい事も沢山乗せられます。
あなたはコップでいる事もできますし、
テーブルになる事もできます。
ただ、大人になってもこのコップでいると、
このお皿くらいの辛いことがあった時それだけいっぱいになります。
はい、このように、はみ出ます。
無理やり入れると壊れます。
テーブルになると、たいした事じゃないですよね。
だってほら、これだけですよ。
場所の取り方。
テーブルに対して。
楽しい事だってそうです。
楽しい事を沢山やりたくても、
あなたがこのコップだとこのくらいしか入りません。
テーブルだと、どうですか?
ほら!こんなに余りが有るんだよ!
楽しい事がすんごい沢山入ります。
これが、人間の器というものです。
大きい器になる時はちょっと痛い。
すごく痛い時だってある。
だって、これがこれになるんだから、そりゃそうよね?痛いわよね。
大きくなる過程でのコツは、面白い方向にもって行くこと。そこが賢さというものなんですよね〜
選べます。
どっちを選ぼうがママはあなたがどゎいすきです。私はテーブルを選んで進みますが、あなたがコップを選んだってあなたの人生なので、はっきり言ってわたしにはどっちでも良い事です。
頑張るのは我慢することなんかではなく、
でかくなる為なのですね。
つまり、楽しい事が沢山入るようにするためなのですよ。
さて、コップとテーブルどっちが好み?こっち。
と、即答で娘はテーブルを指差しました。
そして、よし!今日は早く寝て明日頑張るぞー!!と言って寝ました。
娘のおかげで、私が言いたかった事は、
頑張らなくていいという事ではなく、
大きくまろやかになってのびのび遊ぼう
という事だったのだなと分かりました。
窮屈な枠を次々にぴゃーと飛び越えて
スカーッと気分良く日々を過ごしたいと思います。
おわり