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子供を育てるというのは、とても楽しく幸せなものであるけれど、悩むこと、苦しむことも沢山あります。

子供についての問題は、自分のことよりも悩みますよね。

私も二人、15歳と9歳の子供を育てていますが、本当に沢山の事を学ばせられています。

この15年、子供を通して、自分の小ささや、強さを発見する毎日です。




言うたら修行ですわね(遠い目)



今日は、共に修行をしている仲間の一人として、放任と過保護について最悪のパターンを用いて大袈裟めに書いてみようと思います。





まず、放任。

子供に無関心であることです。
自分の事で手一杯で子供どころではない事です。
これは、物理的なものより精神的なものが多いと思います。

究極まで突き詰めると、自分が不安で堪らないので、自分が愛されたい守られたい大事にされたいという思いがとめどなく溢れかえっていて、子供を愛する守る大事にするという事まで行きつけない状態です。

放任する親は、それにまず気づく事が大事なのですが、苦しみのあまりそれを受け入れられません。
そして、出方はどうであれ、そのような親である自分自身をを激しく責めています。

良くあるパターンとして、
親本人は表向きに開き直ってはいるけれど、
心の中ではずっと自分を責めているので、
他人がそれを非難の目で再現してくれます。

どんどん苦しみは増えて行きます。
苦しみ過ぎて麻痺している事もあります。
当たりようがないので、子供に当たります。
子供に自分の面倒を見させようとします。
子供に危険があっても、自分を守ってくれそうだと思う何かにすがりついてしまいます。

その子供は、親を怒らせないように、親が非難されないように、親が安心してくれるように、笑ってくれるように、自分に注目してくれるように、自分を見捨てないように、親を子供のやり方で守り、助けようとします。

体格が大きくなり、外の世界と親なしでも付き合えるようになり、最低限、自分で稼ぐことが可能な年齢になると、エネルギーの強い子供は親を切り離すように去っていきます。
逆に、親を支配しようとすることもあります。


放任する親の子供は親からの愛を渇望し続けた結果、得られない事に絶望し、親から愛されたいという思いを、悲しい決意を持って怒りと共に切り捨てます。


子供は成長するにしたがって、恋愛でその渇望を埋めようとします。お金で渇望を埋めようとする場合もあります。
 
つまり、放任の根本とは愛情を感じさせる何かを放任するということですね。



過保護について。

過保護というのは、親が子供の事ばかりで頭がいっぱいになる事を言います。
子供によって思考をコントロールされてしまいます。生活も生き方も子供中心になってしまいます。

赤ちゃんの時はそれで上手くいきますが、子供が自立しようと羽ばたきの練習や経験をする思春期になると、

自分ばかりを見て、自分の失敗に狼狽え、目の前の障害物を次々と取り除き、頼んでも望んでもいない絨毯を敷き、あなたの悲しみも失敗も苦しみも何一つとして見たくないという勢いの親が重しのように感じるようになります。

過保護な親の子供は、自分で出来ることを証明するために踏み出そうとしますが、踏み出そうとする度に親が激しく干渉するので、まず、干渉される事に反抗、抵抗します。
親よりエネルギーの強い子は、親の干渉が激しい程、激しく反抗し、それに多くのエネルギーを消費してしまいます。

親のエネルギーが強い場合は、子供は強くフラストレーションを抱えたまま干渉に従います。そのためこみまくったフラストレーションは偏執的なこだわりを生み出します。


結果、羽ばたく事に必要な経験を出来ぬまま大人になってしまいます。







もう、長すぎるでしょう?

苦しいでしょ?

今日のブログ。

 文章書いていても辛すぎます。


だから、何年もこんな事するの止めましょう。

悩む事もある!
間違う事もある!
落ち込む事もある!

親全員のあるあるです。


だから、思い詰めるのはやめて、



気長に

気楽に

陽気に

周りの方々に助けてもらいながらやればいいんですよ。

例えば、シングルで一人で育てていたって、周りの人に助けてもらえるんですよ。

役所の人とか、保護者繋がりとか、友達とか、家族とか、顔を上げてお空を見て深呼吸して周囲を見渡してインターネットで調べれば何とかなります。


どうしたらいいんだろうって一人で、または夫婦だけで閉鎖的に思い詰めるのは止めましょう。

家の中から家族みんなで外に目を向ける。


外は案外広い事を発見します。



親のあり方、結論。



視野を広げる。