いい加減にしろ!と言うセリフ。
我慢の限界を超えて爆発した時などに使います。
荒々しい言葉として使われていますが、
良い
加減に
しろ
と言うのは、このように分けて考えると
荒々しいというより
親切な言葉です。
お肉を焼く時も、
お塩をかける時も、
良い加減で止めるというのは、
大事です。
良いお肉も焼き過ぎると固くなりますし、
良いお料理もお塩をかけ過ぎると食べられません。
ではこの、良い加減とはどんな加減でしょうか。
ずばり、心地よい加減です。
対人関係になると、
自分にも相手にも心地よい良い加減に調整するということですね。
お肉でも、厚さや大きさによって加熱時間や方法を変えます。
細切れ肉からステーキ肉まで同じ加熱をしていたら美味しく焼けません。
自分がふりかけようとしているお塩と
そのお料理の分量を無視する人はいません。
人間関係ではなぜか多々ありますね。
特に恋愛。
感情が入り過ぎるからですね。
のめり込んでしまうのね。
人間関係でちょうど良い加減にするというのは、対相手と自分の素材を認識し、
それに対して言動を調整するということです。
自分が相手のことをいくら大好きでも、
相手がそうでないならまずそれを認めること。
何とかして振り向かせようなどとするから色んなことが
ちょうど良い加減ではなくなります。
この何とかして振り向かせようとする事のやり方が、屈折し始めたら注意!
同情させて…とか、
怖がらせて…とか、
嫉妬させて…とか、
怒らせて…とかになっていたら
お肉でいうと、黒焦げに焦がし過ぎ。
お塩でいうと、塩漬けレベルでかけ過ぎ。
そのエネルギー、相手にも伝わります。
粘着質で心地悪いやつです。
そのエネルギーを感じた相手は、可能な限り離れようとします。
離れようとする場合はまだ良いのですが、
負のスパイラルに双方はまり込んでしまうことだってあります。
こうなるともう最悪です。
そこに穏やかな愛などまるでなく、
支配欲、恐怖、嫉妬、憎悪、怒りなどなどそういうものの塊に包まれながら、それを増長し合いながら雪だるま式に転げ落ちてしまいます。
一回、離れて、
海水浴とか登山とか行きまくったら良いかもしれないです。
粘りが取れそうです。
何でもかんでも最終的にそこに持っていかないこと。
自分の人生の理想に他人を練り込もうとしても上手く行かないものなのです。
気持ちはよく分かりますが、
考え過ぎないで下さい。
エネルギー粘ります。
山でキャンプファイヤーしながら芋とか焼くと良いんでしょうけどね〜
そういう事したいね〜
どっかみんなで芋焼いて遊べる所ないかな〜
焼き芋って楽しいよね〜
芋焼く事に集中して焼けた芋を頬張る事に全神経集中させて楽しみたいよね〜
などと考え中です。
おわる。