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さて、本日は小正月。古来、正月14日の日没より16日までを「小正月」または「花正月」と呼び、朝には小豆粥を食べたと『土佐日記』や『枕草子』にも記されています。

 

また宮中をはじめ多くの神社などではお正月に使ったしめ飾りなどを片付け燃やすどんと焼きが行われる日でもありました。


宮中ではどんと焼きは、左義長(さぎちょう)と呼ばれ、15日と17日に行われていました。15日には天皇の書初めである御吉書が燃やされました。天皇もお出ましになって御覧になったといいます。左義長に点火される御吉書が投じられ炎が上がりだすと、牛飼童が「とんどやとんど」と囃(はや)し、仕丁達が声を合わせて扇をあおぎながら左義長の周りを回りました。ここから「どんと焼き」の名前は生まれたのでしょうか?17日の左義長には陰陽師が呪文を唱えると鬼が登場するという趣向だったといいます。

 

『旧儀式図画帖』にみる宮廷儀式より

 

なお、どんと焼きは15日の前夜に行われるところも多くあります。

 

しかし、小正月というからには大正月もありますよね。大正月ってあまり言わない気がするのだけどいつなんだろう?と思ってよく知れば、そもそも現代の私たちの言葉の使い方が間違っていることに気づかされます。

 

まず、正月とは1月そのものをいいます。1年の最初の月が正月なのです。だから1月中はずっと正月です。

 

元旦とは1月1日のことをいいます。1年の最初の日です。

 

そして三が日は1月1日から3日のことです。

 

そのあとの区切りは7日で、七草粥を食べる日として知られています。これは、元々日本に正月最初の子(ね)の日に若菜を摘む野遊びがあり、平安時代に編纂された延喜式には七草粥についての記載があったことから続いてきたもののようです。この1月1日から7日までを大正月といいます。

 

そして、小正月は古い日本を表しています。古来日本では1年で最初の満月の日を年の始まりとしていました。新月(朔日)の旧暦1月1日を1年の始まりとする大陸の暦が伝わってからは、これを区別して旧暦1月15日を小正月と呼んだのだといいます。つまり、小正月というのは大陸から暦が伝わる前の、古来の日本の風習の名残の名前なのです。

 

ところが、現在は旧暦でもなく新暦になっているため、その15日が満月だったということがわかりずらくなっているのです。

 

この日に小豆粥を食べるのは、無病息災を願う風習ですが、これはもともと粥占神事からきているといいます。

 

 

 

 

正月には始まりの儀式がたくさんあります。これは始まりの月であるため、最初を貴ぶ日本のしきたりとして始まりの行事が行われてきたのだと思います。ここ数年、延期や縮小のところが多くありましたが、今年は通年通りのところが多いのではないでしょうか。あるいは、どんと焼きに関してはこの週末に行ったというところもあるかもしれません。

 

日本全国、小正月行事も様々です↓

 

 

ところで、この小正月には成人の儀式も行われてきました。元服です。


元服とは、奈良時代以降の日本に於いて、男子の成人を示すものとして行われてきた儀式です。「元」は首、「服」は着用を表し、「頭に冠をつける」ことを意味し、大人の服を着用し氏神社の前で儀式を行いました。また女子の成人式は「裳着」といい初めて「裳」を着ることをいいました。そしてこの成人の儀式は、それまでの幼名から成人名に変わる日でもありました。そうしたことが時代を経てほとんどの人が行う行事となったのが成人の日であるわけです。小正月に行われてきたため、成人の日ができた時1月15日が選ばれています。

 

時代や環境等によって多少の変化はありますが、10代半ばで元服をすることが昔は普通でしたが、現代では基本二十歳で成人式が行われています。法改正で成人年齢が変わりましたが、先日の成人の日のニュースをみると、当面20歳で式が行われることに変わりはなさそうです。


古来から日本での儀式に祓いや祈りがつきものでしたから、社寺や、あるいは神職、僧侶などが呼ばれての儀式が行われてきました。現在成人の日は市町村の行事となっていることが多いです。しかし、生まれ育ったり住んでいる地域で行うのが、本来の式ではないかと考えています。小さい自治体であれば、話をしたことがなくともお互い知っている人達がお祝い、あるいは新成人への誓いをする場にふさわしいのではないかと。一生に一度の成人式、身近な若者の門出を見守っていくことこそ本来の日本社会だったのではないかと考えるからです。

 

国民の祝日に関する法律によれば、成人の日は「大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます」ことを趣旨とする日です。

 

そういう覚悟を自覚させなければいけない日は、大勢がだらだら集まるような市(区)民会館等は不向きだと今さらながら思います。巨大な集まりで普段会ったこともない人にお祝いされても、実感は生まれないでしょう。生まれ育ったエリア、居住しているエリアの見知った人達と一緒に儀式を行い、お祝いされるのが一番なのではないかと思います。

 

市町村合併などで、自治体が巨大化していますが、成人式こそ本来の小さいエリアで行うものではないかと思います。そうすることにより、地元のへの意識も変わり地元離れの減少にも繋がるかもしれません。もちろんそういう所で行う式は荒れないと思います。小さいエリアでやる場合、その運営状況なども伝わるでしょうし、運営資金等も成人する人達は理解できるでしょうから、荒れるはずがないと思うのです。なにしろ荒れた成人式といわれる成人式で着るものは自分で働いて作っている若者たちが多いのですから。

 

そろそろ成人式を古来からの儀式に戻す時期ではないでしょうか?そして、大きい自治体で成人式を行うのではなく、小さい自治体で行う。あるいは地域の神社で行うのが一番だと思います。神社で成人式を行っている若者が暴れているのを見たことがありますか?自分の為に真剣に祈ってもらう場でそのようなことをする若者はいないでしょう。2年前の成人の日には、X(旧ツィッター)で成人式には行きたくないけど神社にはお参りしておきたいというツィートがあり、若者の意識も変わってきているのかもしれない、と感じたものです。また、神社にお参りする写真も珍しくなくなりました。こうした個人個人のお祝いこそ、小さく心のこもったものの方がいいのではないかと思います。

 

また古来から続く儀式の意義を伝えていくためにも、基本は1月15日に戻すことが最善の道だと思います。

 

祝祭日は日本人の伝統と歴史を伝える日、またお祝いする日として先人達が制定した未来への贈り物です。ここ数年、世界中が様変わりする世の中となり、あらためて考えさせられることが多くあります。こうした事も改めて考えてみるいい機会ではないかと思うのです。

 

 

みんなに祝福され見守られている感じが伝わってくる成人式

 

 

 

 

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