私が自己啓発本にハマっていた時、確かほとんどすべての本に書かれていたことが「ありがとう」ということ、感謝の心を持つことでした。そうした言葉をタイトルにした本もあったと思います。
歴史の見直しを始め、神社に興味をもって探求した時、そうした感謝の心はもともと古来から教えられてきた教えであったことを知りました。なにしろ、日本で行われる祭りは感謝するためのものだからです。
ある意味、日本の神様は全てありがとうの神様といってもいいのかもしれません。つまり、ありがとうと感謝するための神様です。私は神社でのお参りは基本、お願いではなく「感謝」をしています。
脳科学では、言葉は全て自分に返るといいます。脳は自分と相手を区別できないからだそうです。つまり、神様に感謝するということは全て自分に感謝するのと同じこととなります。
これは悪い言葉、汚い言葉も同じです。人に言った悪い言葉、汚い言葉は全て、自分に悪い言葉や汚い言葉を投げかけたのと同じことになります。
全て言葉が自分に返るのなら、悪い言葉や汚い言葉よりも感謝の言葉の方が、いいに決まっています。
そうしたことを科学知識がない古来から古今東西の人々が知っていたからこそ、聖書には「はじめに言葉ありき」と書かれ、古事記には「ことあげせぬ国」、あるいは、万葉集には「言霊の幸ふ国」と書かれています。これは言葉が人に与える影響が大きいからにほかなりません。
古来から続く伝統というのが叡智であるというのは、こういうことなんだと思います。ちゃんと科学的な説明ができるようになる前から、古来から伝わる知恵として私たちは感謝を続けてきた。そうすることで、自分達自身をも感謝し、その心が人々を励まし繋いできたんだと思います。
これが悪い言葉や罵声だったら、どうなるでしょう?
「ありがとう」や「感謝」の心を忘れなければ、悪い言葉、汚い言葉はなくなるのではないかと思います。
もし、悪い言葉、汚い言葉を使いたくなったら、「ありがとう」の言葉を心の中でも唱えてみると、そのわずかな瞬間でも心が鎮まると思います。
別にその時感謝の気持ちがなくても、呪文だと思って唱えてみるのです「ありがとう」と。
どうしても「ありがとう」の言葉が言いづらかったときは、「あ~」と言うだけでもいいと思います。そこで発散してみるのです。「あ」の言葉には、希望やひらめき、新しい展開を感じ取る力があるといいます。どうしようもなくなにかを発散したいとき、「あ~」と言ってみたことありませんか?あれは、我知らずそうした効果を身体が求めて声を出しているのだと思います。身体は心を発散する方法を知ってるんですよね。そして、落ち着いたらその時こそ、「ありがとう」と言えばいいのだと思います。
そうすればきっと「ありがとう」が予祝となると思います。
言葉が大切であるから、と、漢字一文字一文字を大切に言葉を読み解かれた古事記の解説本
同じく漢字一文字一文字から言葉をひも解かれた万葉集の解説本
「ありがとう」の言葉の歌を検索してみました。ありがとうの歌って、全て歌詞が素晴らしくて感動的です。
高橋優「ありがとう」
「ありがとう・さようなら」卒業ソングなんてあるんですね。
こちらは卒園ソング「ありがとう こころをこめて」
カラフルパレット「ありがとう~100万回の約束」
Monkey Majik 「ただありがとう」
本井美帆「ありがとう」
FUNKY MONKEY BABYS 「ありがとう」
いきものがかり 「ありがとう」
小金沢昇司 ありがとう・・・感謝
水前寺清子「ありがとう」、昔「ありがとう」というタイトルのホームドラマがあり、その主演と主題歌を歌っていたのが水前寺清子さんです。新しい時代のこういうホームドラマもあっていいんじゃないかと思います。なんかすさんだようなドラマばかりは悲しいです。
スピッツ ありがとさん
JUJU ありがとう
「ありがとう」で検索していたら、こんなメッセージみつけました。日本看護連盟の「ありがとうにありがとう」6月のものです。まだまだ武漢ウィルスとの戦いは続きます。今は、日常生活の中で闘っていく局面になっていいますが、医療従事者の危険性が一般の人より高いことは変わりません。感謝の言葉しかありません。
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