今日、

私は、

近くのスーパーへ行きました。

 

これは、

日常の、

ありふれた光景です。

 

夕方の、

少し混み合った、

スーパーマーケット。

 

特売の、

お肉を買おうと、

私は、

カートを押していました。

 

でも、

そこで、

とんでもないものを見つけてしまったのです。

 

それは、

ワゴンセールの中に、

ひっそりと、

佇んでいました。

 

『半額シール』

 

が貼られた、

見切り品の、

お惣菜です。

 

では、

いったい、

それは、

何だったのでしょうか?

 

それは、

『特大のチキンカツ』

 

でした。

 

本当に、

大きかったのです。

 

私の、

手のひらよりも、

さらに、

二回りほど大きい、

巨大なカツでした。

 

ここで、

少し、

考えてみます。

 

なぜ、

私たちは、

『半額』

 

という文字を見ると、

心拍数が、

上がるのでしょうか。

 

これは、

単なる、

値引きではありません。

 

人間の、

本能を、

刺激する、

重大な、

イベントなのです。

 

そう、

『狩猟本能』

 

の目覚めと言っても、

過言ではありません。

 

私は、

そのチキンカツの前に、

立ち尽くしてしまいました。

 

まるで、

野生の動物が、

獲物を、

見つけたかのように。

 

周りの、

お客さんが、

通り過ぎていきます。

 

でも、

私には、

もう、

そのチキンカツしか、

見えていませんでした。

 

これは、

スゴイことです!!

 

本当に、

スゴイ出会いなのです。

 

もし、

私が、

あの時間帯に、

あの通路を、

通っていなければ、

この奇跡は、

起きませんでした。

 

そう考えると、

人生とは、

『偶然の連続』

 

なのだと、

改めて、

思い知らされます。

 

では、

ここで、

少し、

話しは変わりますが、

私たちの、

毎日の生活を、

思い浮かべてみてください。

 

毎日、

同じような道を通り、

同じような時間を過ごす。

 

それは、

一見すると、

退屈な、

ルーティンです。

 

でも、

本当は、

そうではないのかもしれません。

 

日常という、

平穏な海の底には、

無数の、

ドラマが、

眠っているのです。

 

今日、

私が体験した、

スーパーでの出来事も、

まさに、

その一つでした。

 

では、いったい、

あのチキンカツをカゴに入れたとき、

何が起きたのでしょうか?

 

それは、

私の、

『心の変化』

 

でした。

 

ただの、

夕食のおかずが、

一瞬にして、

『宝物』

 

に変わったのです。

 

ここに、

人間の、

面白さがあります。

 

私たちは、

物質的な価値で、

生きているのではありません。

 

心が、

どう動いたか。

 

そこに、

すべての、

意味が、

あるのです。

 

そう、

『感動』

 

です。

 

日常の、

ほんの些細な出来事に、

感動できるかどうか。

 

それが、

私たちの、

『人生の豊かさ』

 

を、

決めているのではないでしょうか。

 

もし、

あのとき、

私が、

スマホを見ながら、

下を向いて歩いていたら。

 

きっと、

あのチキンカツには、

気づけなかったでしょう。

 

見逃していたはずです。

 

せっかくの、

奇跡の出会いを、

素通りしていたのです。

 

そう考えると、

少し、

怖くなりませんか?

 

私たちは、

どれだけの、

チャンスや、

奇跡を、

見逃してきているのでしょうか。

 

本当は、

毎日が、

大冒険なのに。

 

私たちは、

それを、

忘れてしまっているのかもしれません。

 

だからこそ、

もっと、

周りを、

よく見て、

歩いたほうがいい。

 

そんなふうに、

思えてくるのです。

 

スーパーの、

お惣菜コーナーの前で、

私は、

一人の人間の、

小さなしあわせを、

噛みしめていました。

 

湯気が立ち上るわけでもなく、

ただ冷めかけた、

半額のチキンカツ。

 

でも、

それこそが、

今日の私にとっての、

『宇宙の中心』

 

だったのです。

 

大げさでしょうか?

 

いいえ、

決して、

大げさではありません。

 

人間の、

感情というのは、

それくらい、

自由で、

ドラマチックなものなのです。

 

小さな、

チキンカツ一つで、

世界が、

パッと、

明るくなる。

 

自分の、

心持ち一つで、

退屈な日常が、

まるで映画のワンシーンのように、

輝き出す。

 

これは、

本当に、

素晴らしいことだと思います。

 

では、

家に帰ってからの、

話をしましょう。

 

もちろん、

その巨大なチキンカツは、

その日の、

私の、

夕食のメインディッシュになりました。

 

レンジで温めると、

部屋中に、

香ばしい、

油の匂いが広がります。

 

ソースを、

たっぷりとかけて、

一口、

食べてみました。

 

サクッ。

 

という音が、

部屋に響きます。

 

美味しい。

 

ただ、

ただ、

美味しいのです。

 

自分で、

勝ち取った(?)

 

あの奇跡の味は、

いつもよりも、

何倍も、

美味しく感じられました。

 

いや、

実際には、

どこのスーパーにもある、

普通のお惣菜だったのかもしれません。

 

でも、

味なんて、

関係ありません。

 

大切なのは、

そこに、

『ストーリー』

 

があったかどうかです。

 

自分だけの、

小さな物語。

 

それが、

加わるだけで、

ただの食事が、

最高の、

晩餐に変わるのです。

 

こういう体験を、

私たちは、

もっと、

大切にしたほうがいい。

 

忙しい毎日に、

追われていると、

どうしても、

忘れてしまいがちになります。

 

効率や、

損得ばかりを、

考えてしまう。

 

でも、

人生の本当の楽しさは、

そういう、

損得勘定の、

外側にあるのではないでしょうか。

 

半額のチキンカツに、

心躍らせる、

この純粋な気持ち。

 

それこそが、

私たちが、

大人になっても、

忘れちゃいけない、

大切な何か、

なのかもしれません。

 

明日も、

また、

スーパーに行くでしょう。

 

もしかしたら、

今度は、

お寿司のコーナーで、

新しい奇跡が、

待っているかもしれない。

 

そう思うと、

明日が、

少しだけ、

楽しみになってきます。

 

暗いニュースが多い、

このご時世ですが、

私たちの足元には、

まだまだ、

たくさんの、

宝物が眠っている。

 

そう、

どんなに、

小さなことでも、

見方を変えれば、

それは、

大きな奇跡に、

変わるのです。

 

だから、

これからも、

私は、

目を大きく見開いて、

日常の、

お惣菜コーナーを、

歩いていこうと思います。

 

次は、

いったい、

どんな出会いが、

待っているのでしょうか。

 

ワクワクしながら、

今日のブログを、

終わりにしたいと思います。

 

本当に、

今日は、

いい日でした・・!!

少し、

話しは変わりますが、

 

みなさんは、

普段の生活の中で、

『時間』というものを、

どう感じているでしょうか。

 

一日が過ぎるのが、

あっという間だなあ、

そんなふうに、

思うことはないでしょうか。

 

朝起きて、

会社に行って、

仕事をして、

帰ってきて、

ご飯を食べて、

気がついたら、

もう夜になっている。

 

まるで、

ベルトコンベヤーの上に、

乗せられているかのように、

時間が、

どんどん流れていく。

 

そんなふうに、

感じてしまうことは、

ありませんか。

 

では、

いったい、

なぜ私たちは、

そんなふうに、

時間が早く過ぎ去ると、

感じてしまうのでしょうか。

 

それは、

おそらく、

私たちの心が、

『日常のルーティン』という名の、

お決まりのコースに、

慣れきってしまっているからなのだと思います。

 

毎日、

同じ道を歩き、

同じ電車に乗り、

同じような仕事をこなし、

同じような人と話す。

 

脳が、

「これは、

すでに経験したことだ」

と判断してしまうと、

新しい情報として、

処理をしなくなります。

 

そうすると、

記憶に残らないから、

時間が、

ものすごく速く、

過ぎ去ったように感じるのです。

 

これは、

非常にもったいないことです。

 

人生の大切な時間が、

スルリと、

指の隙間から、

こぼれ落ちていくようなものだからです。

 

では、

どうしたらいいのでしょうか。

 

ここで、

先ほどのお惣菜コーナーの話が、

生きてくるのです。

 

思い出してみてください。

 

半額のチキンカツに、

心躍らせた、

あの瞬間を。

 

あのとき、

あなたの脳は、

決して、

退屈していなかったはずです。

 

「おっ、

まだ残っているぞ」

 

「しかも、

最後の一個だ」

 

「これは、

運命なのではないか」

 

そんなふうに、

心が、

大きく揺れ動いていたはずです。

 

そう、

『感動』です。

 

日常の中に、

小さな感動を見つけること。

 

それこそが、

私たちの時間を、

豊かに引き延ばしてくれる、

魔法のようなものなのです。

 

少し、

大げさに聞こえるかもしれません。

 

でも、

本当に、

そうなのです。

 

たとえば、

通勤途中の、

いつもの公園で、

ふと足を止めてみる。

 

桜の木が、

いつの間にか、

新しい芽を出していることに、

気がつく。

 

あるいは、

空を見上げて、

今日の雲が、

なんだか面白い形をしているなと、

ぼんやり眺めてみる。

 

それだけで、

ただの『移動の時間』が、

『特別な時間』に、

生まれ変わるのです。

 

これは、

ものすごい変化です。

 

場所は何も変わっていないのに、

自分の中の、

世界の見方が、

ガラリと変わってしまう。

 

いわば、

心の解像度が、

グッと上がる、

ということです。

 

問題は、

私たちが、

いかに、

その解像度を落として、

生きているか、

ということです。

 

効率よく、

失敗しないように、

要領よく生きようとすればするほど、

私たちの心は、

省エネモードになっていきます。

 

余計なものは見ない。

 

余計なことも考えない。

 

ただ、

目の前のタスクを、

こなすことだけに、

集中する。

 

確かに、

現代社会を生き抜くためには、

それも、

必要なスキルなのかもしれません。

 

でも、

そればかりでは、

あまりにも、

人生が味気なくなってしまうのではないでしょうか。

 

せっかく、

この広い宇宙に、

この地球に、

この時代に、

生まれてきたのです。

 

美味しいものを食べて、

「おいしいなあ」と感じる。

 

綺麗な景色を見て、

「きれいだなあ」と感動する。

 

道端の猫と目が合って、

「なんだよ」と微笑む。

 

そういう、

泥臭くて、

愛おしい瞬間の積み重ねこそが、

私たちの人生そのものなのだと、

私は思うのです。

 

効率主義の、

そのさらに向こう側。

 

損得勘定の、

さらに外側の世界。

 

そこには、

言葉では言い表せないほど、

豊かで、

温かい時間が、

流れているのです。

 

そう考えると、

なんだか、

胸が熱くなってきます。

 

私たちは、

もっと、

日常を楽しんでいい。

 

もっと、

小さなことに、

感動していい。

 

誰に遠慮することもなく、

自分だけの、

『心のアンテナ』を、

思いっきり、

伸ばしていけばいい。

 

そう思いませんか。

 

今日の帰り道、

いつもなら、

通り過ぎてしまうような場所に、

ちょっとだけ、

目を向けてみてください。

 

もしかしたら、

そこには、

あなただけの、

小さな宝物が、

ひっそりと、

隠れているかもしれません。

 

電柱の影に咲く、

名もなき雑草かもしれません。

 

夕焼け空の、

絶妙なグラデーションかもしれません。

 

あるいは、

やっぱり、

お惣菜コーナーの、

半額シールかもしれません。

 

何であれ、

それに気がついた瞬間、

あなたの世界は、

パッと、

色鮮やかに、

輝き始めるはずです。

 

これは、

決して大げさな話ではなく、

私たちが生きる、

この現実の、

まぎれもない、

真実なのだと思います。

 

だから、

明日も、

明後日も、

私たちは、

目の前の日常を、

大切に歩いていこう。

 

そう、

どんなに、

世界が慌ただしく動いていたとしても、

自分のペースで、

自分の足で、

しっかりと感じながら、

歩いていこう。

 

そうすれば、

人生の景色は、

驚くほど、

優しく、

美しいものに、

変わっていくはずだから。